実質賃金低下の持続と政財界・日銀の無恥微策  

 

社会保険に加入できない最低賃金水準

 最低賃金の23年度の改定額は、全国の加重平均で43円上昇し1004円となる。1000円超の都道府県数が昨年の3から8に増加する。要するに人手不足の中で「働き手の流出」を抑えるために、「国が示した引き上げ目安」に上乗せする県が相次いだ。ちなみに最高額は東京都の1113円、最低額は岩手県の893円だ。いずれも101日から順次実行。

 

 しかし日本の最低賃金は、海外と比較するとかなり低い。例えば20年度では日本の8ドルに対して、オーストラリア12.9ドル、フランス12.7ドル、韓国8.9ドルであった。23年度の日本の1004円も、ドル換算では円安によって7.0ドルへと、さらに低下している。ちなみにフルタイム労働者の「賃金の中央値」に対する「最低賃金」の割合は、韓国やフランス、イギリスの6割前後に対して、日本は45%に過ぎない。

 

 これは国内事情だけからも低すぎる額だ。何故ならこの額では、「非配偶の短時間労働者」が「厚生年金保険」や「健康保険」など「被雇用者保険」に入ることが難しい。これらの社会保険へ加入するためには、週20時間以上働き、年収106万円(月収88000円)以上という「106万円の壁」がある。非配偶短時間労働者がこれをクリアするためには、最低賃金額が1015円のラインが不可欠だという。

 

 他方で労働時間延長により所得を増やしたい人にとっても、この壁は邪魔だ。要するに106万円の壁は、双方向における壁ゆえに「壁制度」を変えるべきだ。類似なことが「130万円の壁」についても言える。

 

 

 この最低賃金の低さをも反映して、副業をしている人は305万人で、5年前から60万人増えたが、とくに非正規社員の副業が大幅に増えた(2210月の総務省「就業構造基本調査」)。他方で本業がフリーランスの人は209万人、副業としてフリーランスで働く人が48万人だ。「学術研究、専門技術サービス業」では13.5%がフリーランス、「建設業」と「不動産業」「物品賃貸業」でも10.7%と、いずれも高い割合である。

 

 こうした実情からも最低賃金のいっそうの引き上げが重要だが、後に見る「大手と中小企業間の不合理な産業構造」から難しい。大手企業の「買いたたき」と「円安」を修正して、この構造を転換しなければならない。この構造から中小企業の倒産も急増している。就中7月の中小企業倒産は、前年同期比53.7%増の758件で、5月の704件から急増し、8月も前年同月比増の492件。

 

これは「コロナ支援のゼロゼロ融資」の返済開始がピークとなったからであり、「サービス業」などが全体の35%ほどを占めている。「電気、ガス料金の値上げ」と「食品価格の高騰」が重しとなったが、いずれも「円安」により高騰が加速だ。例えばガソリン価格は15年ぶりの最高値に迫るが、その8割が「円安」による上昇分だ。ちなみに7月の消費者物価は前年同期比3.1%上昇だが、生鮮食品を除く食料は9.2%で、4カ月連続の9%台である。

 

 

(表1)製造業の時間当たり賃金指数 (各年とも日本=100の指数、購買力平価換算)

(資料)労働政策研研究・研修機構『データブック国際労働比較2023

2005

2010

2014

2015

2016

2017

2020

2021

アメリカ

イギリス

ドイツ

フランス

121

108

150

120

124

114

158

130

120

105

164

134

127

112

169

138

131

111

172

141

133

114

178

145

130

/

187

158

132

/

184

156

 

製造業も、円安による「輸入原材料の高騰」と「大手による買いたたき」により「川上インフレ、川下デフレ」で厳しいが、ゼロゼロ融資で「延命」してきた。しかしこの借金の返済が出来ずに、「過剰債務倒産」に至っている企業も少なくない。それゆえ製造業の時間当たり賃金も、表1のとおり極めて低い。消費者物価を勘案した「購買力平価の実質賃金」は、ドイツの半分ほど、フランスの60%ほどに過ぎない。

 

中小企業・国民の苦闘と大手の最高利益

日本では中小企業が全企業の99.7%を占め、ここに全被雇用者の70%以上が雇用されているゆえ、中小企業の困窮は、直ちに貧困世帯の増加につながる。21年の調査では所得格差を示す「ジニ係数」が、税や社会保障による再分配前の当初所得で0.5700、再分配後のジニ係数は0.3813である。17年調査の0.5594および0.3712より大きくなり、所得格差が開いてきたが、このジニ係数は、アメリカの0.390に次ぐ2番目の大きさだ。

 

(表2)経常利益の推移(単位億円)および指数(カッコ内2010年=100) *金融を除く

                         *(資料)財務省「法人企業統計」より算出

年度

2018

2019

2020

2021

2022

2313

全産業

 製造業

 非製造業

839177192)

273468(173

565709203

714385(163

226905144

487480175

628538144

218304138

410234147

836671192

348661220

518052186

943277216

357785226

584592210

952920218

301280190

651640234

 

 このような中小企業と大衆の困窮化とは逆に、大手輸出製造業や商社などの大手非製造業は、円安による「ドル建て輸出の円換算額の増加」「海外子会社利益の円換算額の増大」「ドル建て原材料輸入の円換算額の増加」で、過去最高利益の企業も少なくない。2346月の上場企業の最終益「純利益」は、前年同期比47.1%増の13.6兆円となった。また本業の利益「営業利益」は同16.0%増の11.0兆円(SMBC日興証券調査)。

 

とくに円安の恩恵を受けているのは自動車など輸送機器であり、純利益は同比82.7%増で、例えばトヨタの46月期連結純利益は1.3兆円と過去最高となった。また空運、陸運もコロナ禍から回復し、前年同期比純利益は空運が4倍、陸運は4割増。しかしこればかりでなく、長期的に「大手企業が円安による高利益」を上げてきたゆえ、表2のとおり企業利益合計は、2010年の2倍となっている。

 

政府・財界・日銀は早急に対策を!

これとは逆に中小企業は「海外原材料価格の上昇」と、円安による「ドル建て輸入原材料の円換算額の高騰」に苦しむ。それにも拘らず大手企業は「中小企業製品の納入価格」を上げさせないか、或いは下げさせる「買いたたき」を続けてきた。したがって表3のとおり、例えば22年下期は「輸入物価」が2010年の2倍以上も値上がりしたのに、同期の「企業物価」つまり中小企業の納品価格は20%上昇してだけで、双方の差だけ中小企業は厳しくなった。

 

(表3)各物価指数(2010年=100)の推移)   *輸出入物価指数は、円ベースの指数

  年

2018

2020

21年上期

21年下期

22年上期

22年下期

23年上期

消費者物価

企業物価

輸出物価

輸入物価

105.0

104.1

108.0

113.4

105.5

104.3

100.8

117.8

105.1

105.0

100.7

113.9

105.2

110.3

106.7

125.9

107.1

116.0

119.4

175.4

109.7

121.4

131.8

216.2

110.5

122.7

131.9

185.9

 

 このような中小企業の「川上インフレ・川下デフレ」が、「実質賃金」の全般的低下を招き、したがって消費需要の実質低下に繫がっている。それゆえ消費者物価も上げることが出来ず、それが日本経済全体の長期不況に繋がっている。ちなみに大手製造業は、中小企業が製造した部品等の「組み立て業」ゆえ、円安によるコスト高は限定的である。

 

以上より明らかなとおり、早急に大手企業が買い叩きを止め、「輸入物価」の値上がりに見合った「中小企業の納品価格(企業物価)」が実現されれば、適正な「賃金」と「消費需要」が可能となる。大手企業は円安の下で、過去最高利益を上げ、株価をつり上げているゆえ、これは当然である。

 

政財界も日銀も協力して、この一連の不況メカニズムを本格的に修正すべきだ。それが出来なければ、中小企業の倒産と国民の所得格差の双方が一層増大し、大手企業と国家財政の破綻も目前に迫るであろう。「賃上げ減税」の効果は微力だ。他方で中小企業も「同業者組織」および異業種を含む「地域業者組織」ならびに「商工会議所」「労働組合」による「拮抗力(ガルブレイス:Countervailing Power)」強化して、大手の「買いたたき」などが出来ないように結束すべきである。