非正規雇用・男女格差の拡大と子供出生数の激減
日本の子供出生数(外国人を含む)は、2017年に100万人の大台を割って以来、下がり続けて24年72万988人と過去最低となった。また出生数に影響する婚姻数も減少傾向で、24年は戦後2番目に少ない49万9999組であった。
15~49歳の女性1人の子供出産数平均の「合計特殊出生率」は、先進諸国はいずれも2を割り込み、人口減少傾向であるが、出生数の減少は先進諸国ばかりでなく、中国や韓国も厳しい。韓国は0.92、中国1.09、日本1.20と低い。その要因はいずれも「結婚に対する価値観の変化」「養育費の上昇」「避妊の普及」の三要素が大きいが、日本、韓国、中国
に関しては「国民の所得格差」も大きな要因である。
日本に関してこの点を見ると、30年も続く「不況」の中で、非正規雇用の割合が37~38%に増大して所得格差が拡大した(表1)。それゆえ生活困窮者も増大し、結婚や子育てが難しい人々が増えている。不況が続く中で企業が生き延びるために、非正規雇用の割合を増やしてきたが、同時に非正規雇用の賃金を抑え込んできた(表2)。
(表1)全雇用者数に対する非正規雇用者数の割合と全雇用者数の推移(厚労省統計より作成) |
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年 |
1984 2004 2015 2019 2020 2022 2023 2024 |
非正規雇用の割合% |
~15.3 31.4 37.5 38.3 37.2 36.9 37.1 36.8 |
全雇用者数(万人) |
3936 4975 5304 5688 5655 5689 5730 5771 |
(表2)23年の男女別の正規雇用月給およびフルタイム非正規雇用月給(万円) および非正規雇用月給の正規雇用月給に対する割合(カッコ内%) |
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男性 女性 全体 |
正規雇用 |
35.4 27.6 32.8 |
非正規雇用 |
24.8(70) 19.9(70) 22.2(72) |
他方で表2のとおり女性の給与が、男性の給与よりかなり低い。厚労省の調査では、女性正社員の賃金は男性正社員賃金の75.8%(24年6月)に止どまり、OECD加盟国では韓国とラトビアに次いで男女格差が大きい。これも少子化の要因となっている。
また日本の「残業代」が安いことも、貧困世帯を増やし所得格差を大きくして、少子化の要因となっている。残業代は「労基法」で、通常の賃金の1.25倍以上と定められているが、日本以外の先進諸国では約1.5倍である。したがって日本の経営者は、現在の従業員に残業させる長時間労働を選択し、従業員は長労働時間の割に給料が上がらない。
これが1.53倍となれば、残業させるより、新規雇用のほうが安くなるはずだ(産別労組JAMの試算)。さらにEUでは11時間の「勤務インターバル」が義務付けられている。勤務終了後から11時間経なければ次の勤務に就くことができない。日本ではこのようなインターバル制度がないことも、長時間労働とくに非正規社員の長時間・低賃金労働の要因である。
賃上げには中小企業の「拮抗力」が不可欠
賃金分布の中央値が年収254万円であるが、その半分の127万円(月収10.5万円)に届かない世帯が貧困世帯といわれる。もっとも貧困線は世帯の人数により異なるから、一般の貧困線は1人世帯で127万円、2人世帯180万円、3人世帯220万円、4人世帯254万円だという。この貧困世帯は1980年には全世帯の8%に過ぎなかったが、現在は15.7%に増加した。ちみに韓国では14.8%である。
17歳以下の全子供数に対する貧困世帯の同子供数の割合が「子供の相対的貧困率」であるが、それは1人親の家庭では44.5%、母子家庭は51.4%で、全体では11.5%の225万人だ。これは子供9人に1人の割合である。彼らの多くは学校給食以外には、まともな食事ができていないという。
そこで政府は「少子化対策」として新たに「子供・子育て支援金3.6兆円」を導入して、「児童手当の拡充」「高等教育の負担軽減」を目論む。さらに国民の可処分所得の増加を狙い、所得税や社会保険料に関する「103万円の壁」「106万円の壁」「130万円の壁」などの見直しと、何よりも「賃上げ」を推奨している。
果たしてどの程度の効果が期待できるか。ちなみにドイツでは,多額の「子供養育手当Kindergeld」を実行してきたが、「子供を社会で育成する」という政策のフランスやスウェーデンほどの効果を上げていない。他方で日本の「国の最低賃金目安」は、賃金分布の中央額の45%に過ぎないが、フランス、イギリス、韓国などでは同6割ほどである。
それゆえ石破政権は「最低賃金」を2020年代に全国平均で時給1500円にする目標を立てるが、現在は国の目安が1055円であるゆえ、この目標のためには、年平均7.3%の賃上げが必要だ。しかし中小企業ではこれが難しい。日本商工会議所の調査では、75%以上の中小企業が困難と回答している。
ちなみに「労働分配率(労務費/付加価値額%)」は、資本金10億円以上の大企業は34.7%であるが、全雇用の70%を雇用する中小企業では66.2%にも達しており、賃上げが難しい。それゆえ大手による「中小企業の買い叩き」を抑制し、中小企業の正当な利益を保証することが、きわめて重要である。
ようやく「公取」も、この問題を取り上げ始めたが、効果はあまり上がっていない。したがって「中小企業」の「同業者組織」および異業種を含む「地域業者組織」の結束により、第3者も巻き込んで「大企業に対す拮抗力(ガルブレイスCountervailing Power)」を行使することが不可欠であろう。
他方で「子育て」一般を、政府がさらに支援する必要がある。しかし将来の年金問題を抱え、また「個人の高額医療費負担増」を検討するほどに財政は逼迫している。それゆえ財政が、より一層の「子育て資金」をどのように調達するかが問題だ。幾つかの可能性が考えられるが、まずは「法人税」「所得税」の見直しであろう。
ちなみに消費税が導入された1989年から2019年間の「消費税税収総額」は397兆円であった。これに対して法人税と所得税の税収額は、「租税特別措置」および「金融所得分離課税」などにより同期間に大幅に減少している。「法人税減収総額」が298兆円、「所得・住民税減収総額」も275兆円で合計573兆円の減収(19年参議院予算委員会)。これらより「法人税制」および「所得税制」の改革が不可欠なことは明白である。
例えば22年度、23年度の法人税額は、前年度より1.3兆円および1.7兆円減少したが、「外国税額控除制度」「賃上げ促進減税」「研究開発減税」その他の多くの「租税特別措置」があるからだ。しかもこれら「租特」の恩恵の多くが、大手企業に向く結果となっている。他方で大手企業は「円安」で21~23年度まで過去最高利益を更新し、それゆえ「民間企業の内部留保」は過去最高の600兆円超となった。
したがって「租特」を整理・削減し、大手からの「法人税実効負担率」を大幅に伸ばすべきだ。加えて問題の多い「基金事業」や「防衛費急増」も見直すべきだ。政府は補助金などで「AIと半導体分野」に10兆円以上も支援する。例えばラピダスの研究開発に9.2億円を投じ、25年度の当初予算でも1000億円計上した。このような政府支援は、エルピーダメモリなどの失敗例からして、大いに問題である。
こうした「基金事業」に加え「防衛費急増」の見直しと、さらに国債費」を縮小する「無利子百年国債による国債借り換え」などの工夫も不可欠である。もう一つ「所得税」も再考すべきだ。勤労所得と金融所得を一本化して、これも累進度を急カーブにすべきである。74~84年代の最高税率は75%であったが、現在は45%まで下げている。
ちなみに所得が1億円以上の所得税率は、かなり低い結果となっている。この高所得は「金融所得」の割合が大きく、金融所得税は累進制なしの20%に過ぎないから、高所得者の「総所得税率」が低くなる。所得税を一本化して、この「1億円の壁」を取っ払えば、かなりの所得税増収が見込まれよう。
昨年に続き、今年も4月にロゴス会および経済学研究会を開催いたします。
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予約人数の調整がありますので、下記の出席連絡フォームに3月15日(土)までに
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<開催日2025年4月12日(土)>
リンカーンの民主主義定義「人民の人民による人民のための政治government of the people, by the people, for the people」は有名であるが、彼はそれを具体的に次のように述べている。
「政府の合法的活動対象は、人民が行う必要があるのだが、まったく行うことができないでいること、もしくは、彼らのバラバラで個別的な能力ではよくなしえないことである。政府はそのようなことなら何であれ、人民の共同体のために行う。しかし、人民が自身のために個々で良く成しうるところのものについて、政府が介入すべきではない」と。
翻って日本の政治は、この民主主義の趣旨に合っているであろうか。企業の「団体・企業政治献金」「補正予算」および「国の基金」の推移を合わせ考えると、この趣旨に反する事態も想像される。企業献金を慮って「補正予算」や「基金」を作成し、本来は政府がなすべきでない仕事も、かなり実施していると思える。
逆に為すべきことを放置している場合もあろう。補正予算は23年度が13兆円超、24年度13.9兆円と膨らんでいる。また「国の基金」は23年度末18.8兆円で、19年度末から4年間で8倍となった。その基金数は22,23年度が140基金で、198事業を実施してきた。
他方で23~27年度の「防衛費」を従来の1.5倍以上の43兆円とし、そのうち「防衛基金」に2000億円を充てる計画である。それゆえ23、24、25年度の予算で防衛基金に400億円ずつ計上する。しかし「防衛基金」は既に800億円あり、このうち15億円しか使用されていない。
これと類似の事例が他にも見られるが、それらからの「補正予算」「基金」さらには「租税特別措置」などのうちには、特定の政治家もしくは政治派閥に対する「企業の政治献金」や「官僚の天下り先」のための内容が含まれると「邪推」されかねない。
補完性原理と生活インフラ
民主主義とは「支配者と被支配者の一致」(カール シュミット)という趣旨である。したがって中央政府が、なるべく地方政府に仕事を譲り、住民に見える政治とすることが重要だ。それが民主主義の趣旨にかなうゆえ、EUはこの民主主義の趣旨を、「マーストリヒト条約」(1992年発効)に盛り込んだ。それは次の「補完性原理」の盛り込みである。
「家族や自治体など小さな単位に、可能な業務はそれに任せる。大きな単位でなければ不可能なものや非効率なものは、国家やその上のEUの行政が遂行する」という原則である。これは「住民の自立自助の原則」でもあるゆえ、この補完性原理に基づいて「分権化」すれば、真の民主主義の機会が生まれ、同時に法的にも道徳的にも人間の尊重が実現する。また先のリンカーンの民主主義の趣旨にも合致する。
近代社会は「中央集権的国家体制」により、国民経済の発展を促進してきたが、経済がある程度発展してくると、この中央集権体制が逆に経済効率を妨げ、行政効率をも低下させる結果となってきた。それゆえEU諸国は「補完性原理」により、地域の多様性と文化を守り、経済や行政における効率の維持回復を図っている。
日本の現状は八潮市の道路陥没のように、とくに「生活インフラ」の老朽化が、大きな問題である。もはや地方自治体の資金では修繕が不可能なインフラが多く、これに対しては「補完性原理」に従って国家が本格的に介入しなければならない。たとえば全国で77万カ所の橋やトンネルなど「道路インフラ」のうち、約8万か所が、ひび割れや腐敗などで5年以内に修繕が必要だという(国土交通省)。
これらのうち約9割が都道府県や市町村の管理下にあり、「財源不足」や「人手不足」で点検や補修ができない。一般にわが国のインフラは、1960年代~70年代の東京オリンピックと高度経済成長期に急激に創設され、今や半世紀を経て耐用年数を超えているインフラも少なくない。
とくに水道管は55~65年間に敷設され、総延長は72万キロの、およそ地球18周分だ。このうち基幹管路(導水管、送水管、排水本館)の補修が重要であるが、それには50年までに59兆円が必要だという。高速道路、下水道、公営住宅、トンネル、学校など殆どのインフラが、このように耐用年数を超えている。
日本の政治も「は補完性原理」の正しい運用により、早急に「生活インフラ」の点検・補修が不可欠だ。一般に地方自治に対する中央政府の「過剰介入」と、地方政府の中央政府に対する「過剰依存」が問題視されているが、とりわけインフラ問題に関しては双方の厳密かつ緻密な協力関係が不可欠である。
「補完性原理」と「経済社会協議会」による「一般意思」
議会制民主主義は基本的に「自由討論」「全国民の代表としての良心に従う議員」「「多数決」の3つの原理から構成されるが、これによって期待されるのは「一般意思」(ルソー)である。それは「個人的意志」ではなく、それらの総合の「全体意志」でもない。一般意思は、「社会共同体」を前提とし、それが持つ「普遍的な意志」に他ならない。
しかし現実の社会は多数の「利益者集団」に分裂しており、それらが自分たちの利益のために議員を議会に送り込み、議会は「利益の分捕り競争場」の観を呈している。現在の民主主義は、このような「組織化された大衆民主主義」(難波田春夫)に堕している。
しかしこれらの利益者集団の各代表者が、一堂に会して意見を述べ合うならば、おのず妥協も生じ、一般意思も明らかとなってこよう。議会とは別に、そのような「経済社会協議会」を市町村、州や県、国家の各レベルで制度化することが求められる。
この「経済社会協議会制」と「補完性原理」とが結び付けば、「社会共同体の意志」が明らかとなり、「人民の、人民による、人民のための政治」に近づくことができよう。EUは、すでにこうした民主主義制度改革を実行してきた。
日本の深刻な「生活インフラ問題」も、こうした仕組みなしには解決がおぼつかないであろう。他方で国は「地方創生交付金」の2000億円予算を組む。しかし、その26事業において、半分以上も予算が使われていない。国家行政と地方行政とがかみ合っていないからだ。この点だけからしても、補完性原理と経済社会協議会の必要性は明らかである。