ロシア正教と大衆のエートス
ロシアおよびソ連の歴史を、とくに対外関係において辿ると、西に進出するか、南下進出か、あるいは東方進出など、常に領土拡張的であり交戦も多い。今回もクリミア自治共和国を編入し、さらにウクライナに進出している。こうした状況を見ると、多くの人々は、司馬遼太郎の「ロシアの原風景」に頷くであろう。
司馬遼太郎は『坂の上の雲』を執筆するに当たり、8年ほど「ロシア」について考え続けて、次のような「ロシアの原形」(『ロシアについて---北方の原形』文春文庫)を明らかにした。いわく「外敵を異様に恐れるだけでなく、病的な外国への猜疑心、潜在的な征服欲、火器への異常な信仰」だと。
確かにこうした見方は、とりわけロシアの政治や外交さらには若干の権力者を見る限り、否定し難い面もある。しかしこれがロシア民衆の一般的傾向であろうか。そのような習性から、あのような素晴らしいシャガール(ベラルーシ出身)その他の絵画や、チャイコフスキー、ラフマニノフなどの音楽やクラッシック・バレエ、トルストイやドストエフスキーなどの文学をはじめ、素晴らしい芸術や文学作品が生まれるだろうか。
ちなみにシャガールの絵画は、封建時代の「ミール共同体」に関するスラブ民族の思い出を描いているという。ミールは「ロシア正教の同胞愛」に裏付けられた「農村共同体」である。全農民が私有地を持たず、家族の人数に応じて村有の土地が割り当てられ生活する。その運営は、村民全員参加の決議に拠る。
ロシア正教(ギリシャ正教)は原始キリスト教にちかい宗派であり、何よりも「隣人愛・同胞愛」に徹する。フランス革命の「自由・平等・友愛」のスローガンがロシアに入ってきたとき、それらは隣人愛のエートス(習性)に従って、「自由とは共同体のためにつくして自己犠牲を払うこと」だと解釈された。
また「平等」とは同胞愛に基づく経済的平等、「友愛」は連帯の絆に基づく大衆が全体として「ツァー(皇帝)から解放されること」だと解釈された。こうしてみると後の「社会主義」の実現は、初めから約束されていたとも言えようか。それはともかくロシア正教の「隣人愛」と並ぶもう一つの教義は、「現世を軽んじて自己の内心においてひたすら神を求める」というものである。
ロシアの自己犠牲・メシア観
このように隣人愛と、神を追求して内心に鎮静するという教義から、さらに大衆は政治的関心が薄く、政治を軽視する傾向となりがちだ。そして自己の内面に沈潜して、内面の表現である芸術に向かう。このような大衆の政治的無関心からスターリンの独裁政治が生まれ、また無理の多い社会主義体制が革命以来70年も続いたのであろう。
しかし大衆は、他方で「隣人愛・同胞愛および自己犠牲・奉仕」のエートスに基づく「国際平和」をも掲げる。そして「友愛・奉仕の原理に結ばれた理想的な世界」を創り、世界を「救済する」ことこそが、スラブ民族の使命だと覚悟する。このようなロシア大衆の「メシア観」は極めて強く、そのためには武力行使をも辞さない。先に触れたソ連の東方、西方、南下の交戦の背後にも、このようなエートスがあった。
したがって司馬遼太郎の「火器への異常な信仰」という観察も首肯できる。強力な「メシア的使命感」ゆえに、命をとして戦うべきだという強力な観念であるが、それだけに世界や、とりわけロシアの周辺諸国には、世界平和に関する難しい外交が課せられる。当面の問題では、ウクライナに武器を供与すれば出口が見えるなどという事態ではない。これはロシア大衆のエートスに対する無知であり、事態を一層悪化させる。
嘗て本欄で述べたように、親ロシア派が多いウクライナ地域を、ロシアに併合するのではなく、ウクライナ領の中の「自治州」とすることを、国連が戦争終結のために、ロシアとウクライナの大衆に提案すべきだ。そしてプーチンとゼレンスキーを説得する。他方でウクライナをNATOに加盟させないことをも明言する。国連のこの表明によって、ウクライナ侵攻は「スラブのメシア的使命感」と無関係な「臆病なプーチンの野望」に過ぎないことを、ロシア大衆に理解させられる。そえゆえ終戦へと導くであろう。
日本の通奏低音「思いやり」
日本は古来より中国、インド、朝鮮、西洋などの思想や文化を取り入れてきたが、それらを日本流にアレンジしている。そのアレンジに共通な、言わば「酵母菌」もしくは「通奏低音(basso ostinato 執拗低音)」がある。それが日本古来の心情の「思いやり」だ(大塚宗元『日本の心 東洋の心』経済往来社)。ロシアにも通奏低音があり、それが「隣人愛・自己犠牲のメシア主義」であるならば、それに正しく訴えてウクライナ戦を終結させることが出来よう。
ところで日本思想の底流には「思いやり」と並んで、「天地自然の生成発展の自ずからからなる理法」を尊び、これに従う心情が流れている。例えば儒教を「天の道を教えるもの」として受け入れ、治者の倫理・道徳を示すものとして説いた。また庶民は「天地不書の教」(二宮尊徳)として、自然を尊重した。これらは「人と自然に対する思いやり」の情に発している。さらに大乗仏教は、個人の内面における超越「自然への内在的超越」の教えとして、流布された。
さて「思いやり」はこのように人に対しても、自然に対しても向かうが、思いやりが「甘え」に繫がると「自分かって・我がまま」となる。これが現在の「日本の経済主義」や「環境汚染」を齎した。他方で「思いやり」は「人に対する情け」に向かい、それは健全な「性愛」もしくは不健全な「色好み」にも繫がる。さらにこれは「諦観」へ、そして「わび・さび」の枯淡主義や、幽玄の世界に繫がる可能性もあると言う(大塚宗元『日本の心 東洋の心』)。
日本の「思いやり通奏低音」から、やがて現在の経済も政治も大きく転換することを期待したい。これまでの「経済主義」や「営利主義」は「情けなしの仕業」の結果である。それは、世界に対する「思いやり欠如」の「ソーシャル・ダンピング」をも齎したらした。これが長期不況の原因に繫がっている。これらを大手企業も「パートナーシップ構築」など、漸く反省し始めているが、さらに日本の「通奏低音」に届くまでの反省と実行が不可欠だ。
他方で政治とりわけ防衛や外交も、「思いやり」を基本とする交渉でなければならない。しかし現在は「防衛力増強・敵基地攻撃能力」など身勝手かつ危険な路線に向いている。けれども「太平洋戦争」への道と、現在の「ウクライナの悲劇」を正しく反省し、古来の「本来の思いやり」に合致する政治外交を目指すべきである。
また「原発再開・運転規制の緩和」の政策も、福島の原発事故や日本の地震地層および防衛の諸点から、より根本的には日本古来の「人と自然に対する思いやり」の観点から、抜本的に再考すべきだ。他方ですでに社会においては「ボランティア」が活発になるなど、本来の「思いやり通奏低音」が多く奏でられている。
*本論と22年7月のコラム「ウクライナ考-----チキン・レースか人命尊重か」とを合わせてお読み
頂ければと思います。
中小企業倒産とパートナーシップ構築および家計消費
企業倒産(負債総額1000万円以上)は、「東京商工リサーチ」によると、22年が6428件で3年ぶりに前年を上回った。また「帝国データーバンク」の発表では6376件。この倒産増加は、「円安」と「ウクライナ問題」による「輸入原材料高」が、大きな原因の一つだ。とくに燃料高騰の影響を受けた「運輸業」の倒産が324件と目立つ。
他方で今後は、「ゼロゼロ融資」の影響が懸念される。これは政府による「コロナ禍」の経営を支えるための融資であるが、200万件超の利用があった。この返済期限が迫る来春に向けて、返済不能倒産が増えるであろう。というのもゼロゼロ融資がなかった19年の倒産件数は、8383件と多かった。輸入原材料の高騰にも拘らず、大手企業が、中小企業からの「納品価格」を上げさせないからだ。
このような推移から、中小企業庁は「大企業と中小企業との共存共栄のパートナーシップ構築宣言」を提案した。それゆえ経団連、日本商工会議所、経済同友会は、加盟各社に対して「下請け企業などとの取引における、コスト上昇に見合う円滑な受け入れ」を要請した。
これらの効果もあり22年の「国内企業物価指数」(20年平均=100)は、114.7で前年比9.7%上昇となった。比較可能な1981年以降の最大の伸び。ちなみにこれまで最大の伸びは21年の前年比4.6%。ただしこの企業物価の伸びでも次表のとおり、それは輸入物価の伸びには遠く及ばず、中小企業の「川上インフレ・川下デフレ」の困窮が続く。
(表1)各物価指数(2010年=100)の推移) *輸出入物価指数は、円ベースの指数 |
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年 |
2018 |
2020 |
21年上期 |
21年下期 |
22年上期 |
22年下期 |
消費者物価 企業物価 輸出物価 輸入物価 |
105.0 104.1 108.0 113.4 |
105.5 104.3 100.8 117.8 |
105.1 105.0 100.7 113.9 |
105.2 110.3 106.7 125.9 |
107.1 116.0 119.4 175.4 |
109.7 121.4 131.8 216.2 |
それはともかく、企業物価の上昇から、消費者物価指数(10年=100)も、22年平均が108.4で前年比2.5%上昇、12月は110.3で前年同月比4.0%上昇となった(表1)。それゆえ「家計消費支出」も22年の二人以上世帯の消費支出は、月平均29万865円と2年連続で伸びた。もっともこれはコロナ禍からの回復に拠る旅行、娯楽関連が増えたことにもよる。したがって物価変動の影響を除いた「実質家計消費」も、前年より1.2%増だ。
中小企業の困窮と実質賃金の低下-----ドイツの半額
では賃金はどうか。22年は「名目賃金」の伸び「前年比2.1%」が、物価上昇に追いつかず、「実質賃金」は前年比0.9%減。23年の春闘は、これをプラスの出来るか!それは中小企業の賃上げ如何であるが、これは企業物価の上昇が、中小企業の「川上インフレ・川下デフレ」を、どの程度緩和するかに掛かっている。
ところで賃金についてヨゼフ・ピーパーは、典型的な二つの見解を述べる(稲垣訳『余暇と祝祭』)。一つは独裁者スターリンの「賃金は仕事に基づいて算定され、労働者の必要に基づいてではない」と、もう一つは教皇ピウス(ピオ)十一世の回勅『クアドラゼシモ・アンノ』の「第一に、労働者に対しては、彼自身およびその家族が生活を維持するのに充分な賃金を支払うべき」と。
(表2)実質賃金指数 2010年=100 *事業諸規模5人以上(10年は30人以上) |
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年 |
2016 |
2017 |
2018 |
2019 |
2020 |
2021 |
現金給与総額 決まった支給額 |
95.5 94.7 |
95.4 94.6 |
95.6 94.3 |
93.7 93.6 |
93.5 92.9 |
93.5 93.1 |
この回勅のとおりの賃金は、それに見合う企業利益が得られなければ不可能である。他方スターリンの見解のような賃金や企業経営は、思いやりに欠けるばかりでなく、企業の継続や従業員獲得が難しいなど、問題も大きい。しかし企業競争に勝つためや、企業利益を上げるために、企業はこのような方向に向かいがちだ。
結局のところ、これらの双方を組み合わせた賃金となるが、「年功序列賃金」と「ジョブ型賃金」の組み合わせがポイントであり、その塩梅は自企業の経営ばかりでなく、景気や物価などの経済全般との兼ね合いによる。表2のとおり、日本の実質賃金は2010年より7%ほども減少しているが、これは中小企業の利益が減少し続け、賃金を抑制せざるを得ない状況ゆえだ。異次元金融緩和の「円安」によって、中小企業の「川上インフレ・川下デフレ」が深刻化している。2010年から「輸入物価」は2.16倍となったのに、企業物価は21.4%の伸びに過ぎない(表1)。
(表3)時間当たりの賃金(製造業、各国通貨)および賃金の購買力換算指数(日本=100) |
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日本 |
アメリカ |
イギリス |
ドイツ |
フランス |
2010年 2015年 2020年 |
2246(100) 2311(100) 2465(100) |
24.91(123.9) 28.37(127.0) 31.14(127.9) |
16.73(118.5) 17.99(116.3) 19.50(120.8) |
25.56(157.9) 29.30(168.6) 32.50(180.8) |
21.64(125.9) 24.35(134.8) 26.90(151.9) |
他方で多くの大手企業は「かなりの賃上げ」が可能なほどの過去最高利益を上げているが、それを自社株買いや内部留保に向けて、利益に見合う賃金、さらにはクアドラゼシモ・アンノ流の賃金を配慮していない。したがって表3のとおり、日本の実質賃金(製造業の時間当たり購買力平価賃金)はドイツの55%、フランスの66%、アメリカの78%と低い。
金融緩和の「円安」による貿易赤字の増大
22年の貿易赤字が19.97兆円と、前年赤字の10倍、過去最高赤字だった14年の12.81兆円をも大きく上回った。輸入額が前年比39.2%増の118.15兆円、輸出額は18.2%増の98.18兆円といずれも過去最大だが、これらから明白なとおり、この過去最高赤字の最大要因は「円安」である。円安が「ドル建ての輸入原材料の円換算額」と「ドル建て輸出の円換算額」を膨張させた。
しかし「ドル建て貿易」は、輸入が7割、輸出が5割であるから、この2割の差だけ、円安が貿易赤字を助長する。たしかに輸入の円額が大きくなった要因には「ロシアのウクライナ侵攻」もあるが、この輸入額を「円安」がさらに大きくした。したがって消費者物価も前年比4%以上の40年ぶりの高騰となり、家計を圧迫している。円安は、一時は1ドル150円以上にも達した。
(表4)輸出入額(通関ベース、兆円、1000億円未満四捨五入)と貿易指数(15年=100) *輸出入総額は、22年以外は各年度の合計額 |
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輸出額 |
輸 出 指 数 |
輸入額 |
輸 入 指 数 |
出入超額 |
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金額 |
数量 |
単価 |
金額 |
数量 |
単価 |
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07年 10年 19年 20年 21年 22年 |
85.1 67.8 75.9 69.4 85.8 98.2 |
90 80 99 99 108 130 |
124 114 103 91 102 100 |
/ / 96 109 106 130 |
80.0 53.1 77.1 68.4 91.2 118.2 |
93 114 96 89 105 151 |
100 97 105 98 103 103 |
/ / 91 91 102 147 |
5.1 14.7 △1.2 1.0 △5.4 △20.0 |
この「円安」による輸入額の異常な暴騰と、それゆえの消費者物価の急騰だけから見ても、日銀の金融緩和策の悪影響は異次元だ。また大手の海外生産増大により、表4のとおり「円安」にしても「輸出数量」は伸びず、中小企業の仕事が減少している。
同時に円安が大手輸出・海外生産企業や商社の「円換算利益」を増大させ、企業間格差が拡大している。それゆえ政府・日銀はこの「円安」を抑えるために、22年9月に24年ぶりの「円買い介入」をしたが、その後も介入し9月、10月の介入総額は9兆円超となった。
それにも拘らず「金融緩和策は間違っていない」と、新旧総裁をはじめとする日銀関係者は屁理屈強弁に終始している。ちなみに21年もすでにウクライナ問題による海外の原材料価格は高騰していたが、円の年間平均は1ドル110円ほどであったゆえ、貿易赤字は22年の10分の1に止まったのである。
財政節度を乱した日銀の大量な国債買い
日銀は「国債購入」によっても「金融緩和」を進め、普通国債の半分以上を保有している。税収で返済する必要のある「普通国債」の発行残高が、22年12月末に1005兆7772億円になったが、このうち日銀の保有額は530兆円にも及ぶ。このような日銀の国債買いが、財政節度を失わせる。
ちなみに普通国債は公共事業の財源となる建設国債や赤字国債、借換債などを含むが、貸し付けの回収金で返済する財投債や借入金、政府短期証券なども合計したいわゆる「国の借金」はGDPの2倍以上の1256兆9992億円となった。
普通国債の残高は、新型コロナウイルス禍を境に増加ペースが加速した。18、19年度末の増加率は前年度末比で1〜2%程度だったが、20年度末に6.8%に跳ね上がり、その後も増加率が続く。とくに「物価高対策」や「巨額の予備費計上」で歳出膨張は続く。23年度予算は一般会計が初めて110兆円を超える114兆円、35.6兆円の新規国債の発行を予定。これで普通国債の同年度末の残高は、1068兆円に達する見込みだ。
このように円安による物価高が、財政赤字をも深刻にし、また巨額の普通国債から「国債費」も急増している。財務省は、利払い費の見積もりに使う金利を26年度に1.6%に置いて、同年度の国債費は29.8兆円と23年度から4.5兆円増えると試算する。この国債費は、歳出総額の4分の1超まで拡大し財政を圧迫する。
日銀が22年末に10年物国債利回りの許容変動幅を、プラスマイナス0.5%に拡大し、長期金利は上昇傾向にあるゆえ、このような予測となる。社会保障費の膨張と防衛力の強化に「国債の利払い費急増」が重なれば、財政の政策余地はきわめて限定され、国民経済全体が縛られる。ここにも日銀の異次元の金融緩和の暗影が濃厚だ。こうした状況ゆえ財政危機の懸念から、国債が売られて金利が上昇すれば、財政はいっそう逼迫する。
日銀の異次元金融緩和策は、さらに超低金利やマイナス金利によって、とりわけ地方銀行の「地域業者への融資」を困難とし、これが景気回復の足を引張っている。また大量の株式買いが、株式を吊り上げ「国民の所得格差」を拡大させ、同時に異常な「官製相場的な株式市場」を形成して、出口が見つからない。
このように「金融緩和策の弊害」は日本経済全体に及んでいる。そもそも「金融緩和により市場にカネを大量に流せば、物価が上昇し、景気が良くなる」という緩和策は逆さまだ。逆に「景気が良くなれば物価が上昇するゆえ、それに対応する政策」すなわち「限定的な節度ある景気政策」が日銀の本分だ。それ以上の景気政策は、財政政策および「産業構造の改革」などに委ねるべきである。
伸び率急減の機械装備と労働生産性
政労使(財界)が叫ぶ「賃上げ」を実現するためには、これまでの長期不況の原因と、これを克服する方法を明らかにすべきだが、この方法に関しては、前回のコラムで明らかにした。さらに本コラムは景気低迷の構造を、高度成長期以来の企業経営と日本経済の構造 から明らかにしよう。
(表1)全産業(製造業、非製造業)の労働装備率・生産性・人件費の指数(1985年度=100) カッコ内は2010年~2020年間の伸び率 (出所)財務省『法人企業統計年報特集』の各号から算出 |
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年度 |
1990 |
1995 |
2000 |
2004 |
2010 |
2015 |
2018 |
2020 |
労働装備率 労働生産性 人件費 |
141 129 132 |
192 132 161 |
188 126 161 |
182 124 163 |
176 120 165 |
181 130 169 |
178 142 167 |
193(11%) 124(3.3%) 169(1%) |
この表の「労働装備率」は従業員員1人当たりの機械など「固定資本」の金額、「労働生産性」は従業員1人当たりが稼いだ「付加価値額」、人件費は従業員1人当たりの給与と福利厚生費の合計額である。なおこの表は財務省調査から算出した指数で、その対象企業は、資本金1千万円未満約4000社,1000万円以上2000万円未満の約4000社、5億円以上10億円未満は全社、10億円以上も全社など、2万5000~2万7000社ほど。ただし金融・保険業は含まれない。
さて「労働装備率」は1985年度から2020年度の35年間に、ほぼ2倍(93%)も伸びているが、「労働生産性」は同期間に24%伸びただけで、過去最高水準の95年度でも85年比32%増に過ぎない。ただし労働装備率も95年度から減少した。もっとも20年度には、漸く95年度の水準にほぼ戻している。
このように従業員1人当たりの機械等の固定資本を増やしても、従業員1人当たりの生産性はその割に伸びなかった。したがって企業は「労働装備率」の伸びを抑えるようになった。95年の指数が192であったのに、18年には178まで落ち込んだ。それゆえ「生産性」の伸びもさらに鈍くなり、95年の指数132が、10年度は120に落ち込んでいる。当然ながら人件費も余り伸ばせない。95年度の161から20年度169の伸びに過ぎない。
こうして95年以降は「労働装備率」「労働生産性」の双方とも低下し、とりわけ2010年度以降の低下は著しい。85年度から95年度の10年間で、労働装備率92%、労働生産性32%、人件費61%それぞれ伸びた。ところが2010年からの10年間の伸び率は、それぞれ11%、3.3%、2.4%に過ぎない。とくに「労働生産性」と「人件費」の伸びの鈍化だ。
やや詳しく見ると、「労働生産性」は95年度以降に低下した後、15~18年度まで伸びたが、コロナ禍で落ち込んだ。この表と同様な「労働生産性指数」は15年度141、16年度141、17年度143、18年度142と伸びたが、20年度124に落ち込んでいる。
いずれにせよ次に触れるように「消費飽和状態」では「多品種少量生産」とならざるを得ず、「大量生産の規模の利益」を望めない。それゆえ「労働生産性」が伸びない。多品種少量生産ゆえ、様々な機械などを装備し「労働整備率」を上げても、その割に労働生産性は伸びないのである。
成熟飽和経済と企業利益率の激減-----輸出主導主義の弊害
このように95年度以降はとくに「労働生産性」が伸びないゆえ、「人件費」も「労働装備率」も伸ばすことが出来ない。しかし「企業利益」は低利益率ながら確保された。それゆえ企業の「内部留保」が、今や500兆円を超えた。
これは主として大手企業の「売上高経常利益率」が上昇し、資金をため込んでいるからだ。他方でこの資金を「自社株買い」に向けて株価を吊り上げ、その分だけ労働装備や賃金の抑制となってる。これはアメリカ流の「株主資本主義」の影響にもよる。
(表2)企業の資本金規模別「売上高経常利益率%」および「売上高営業利益率%」の推移 |
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資本金(百万円) |
1000万円未満 経常 営業 |
1千万円~1億円未満 経常 営業 |
1億円~10億円 経常 営業 |
10億円以上 経常 営業 |
1995年度 2010年度 2013年度 2016年度 2020年度 2021年度 |
0.3 / 0.3 0.0 1.6 0.6 2.6 0.7 2.3 △0.5 2.0 △2.0 |
1.5 / 2.0 1.8 2.9 2.3 3.5 2.0 2.7 1.6 3.6 2.0 |
2.9 / 3.1 3.0 3.7 3.4 4.2 2.9 3.9 3.3 5.0 4.2 |
2.6 / 4.8 4.2 6.2 5.0 5.2 4.8 7.2 5.0 6.4 9.1 |
日本企業の「売上高経常利益率」は表2のとおり、欧米諸国の8~10%に比して極めて低い。しかし最近になって大企業の利益率だけが、欧米諸国に近づいてきた。日本企業のこれまでの低利益率は、「輸出数量主義」により低利益率に甘んじてきたからだ。また大手企業はそのために、中小企業からの「納品価格(企業物価)」を限界まで下げさせている。
最近でも資本金10憶円以上の大手企業以外は、「売上高経常利益率」も、本業利益の「売上高営業利益率」も極めて低い。資本金1000万円未満企業は、これがマイナスにさえなっている(表2)。何故か。ちなみにトヨタの22年4~12月決算は、売上高が27.46兆円、営業利益は2.98兆円で、「売上高営業利益率」は10.8%と高い。
アメリカは1960年代初めに、ドイツは60年代末に、日本は70年代半ばに生産力が成熟し、他方で多くの家庭で消費飽和の「成熟飽和経済」に到達した。したがって従来通りの「経済成長」は不可能となった。もてる生産力をフルに使うと、消費不足の「もの余り」の不況となる。そこで「多品種少量生産」とならざるを得ない。
加えて日本経済は、この成熟飽和経済を「輸出主導」で打開しようとした。良いものを安く製造し、それを輸出することで「経済成長」を持続させてきた。その結果、先進諸国の反感を買うほどに過剰輸出をし、ついに「プラザ合意」によって2倍の円高にされた。それでも尚も輸出に拠る経済成長を目指すから、輸出大手企業は中小企業からの納品価格(企業物価)を抑え続けてきた。
したがって中小企業の「売上高経常利益率」は2%台と低く、「売上高営業利益率」はさらに低く1%台に届くか届かないかだ。こうした状況にも拘わらず、輸出を伸ばすために日銀は「円安策」を導入した。それゆえ「輸入原材料価格」が跳ね上がり、中小企業はきわめて苦しくなっている。大手輸出企業も大手販売企業も、輸入原材料高に見合った納品価格の引き上げを認めないから、中小企業は「川上インフレ・川下デフレ」の苦境に陥っている。
日本経済の3つの悪連鎖を克服できるか!
他方で被雇用者の70%が中小企業に雇われているゆえ、賃金全体が伸びない。また企業は困窮ゆえに、正規雇用を非正規雇用で置き換える。したがって賃金全体がさらに下がり、消費不況が深化している。以上から明らかなとおり、日本経済が「成熟飽和経済」に到達したにもかかわらず、輸出主導によって経済成長を続けたことから始まって、次の3つの「悪連鎖」に陥っている。
<輸出主導と過剰輸出・バブル経済の悪連鎖>
輸出のための過剰設備投資(高い労働装備率)⇒⇒過当競争・長時間労働・労働生産性伸び率(一人当たり付加価値)の低下⇒⇒過剰生産⇒⇒過剰輸出・過剰マネー⇒⇒バブル経済と円高⇒⇒金融不安・バブル経済の崩壊⇒⇒中小企業の困窮
輸出で稼いだドルが円に替られ、前期比10%増に及ぶ「円増刷」が続き、これがバブル経済を引き起こした。他方で「過当競争」と「中小企業泣かせ」による「過剰輸出」は、正常な国際競争とは言えない「ソーシャル・ダンピング」であるから、「プラザ合意に拠る円高」を招いた。そして円高により従来どおりの輸出が難しくなったゆえ、大手企業は海外生産に向かった。
<過剰輸出と国内空洞化および大手の中小企業泣かせの悪連鎖>
過剰輸出⇒⇒円高⇒⇒海外へ組み立て工場進出⇒⇒大手企業の海外進出(国内空洞化)
⇒⇒部品・機械の持ち出し輸出⇒⇒貿易黒字のさらなる増大⇒⇒円高の昂進⇒⇒海外工場進出の増大⇒⇒中小企業の仕事減少・中小企業の過当競争⇒⇒企業物価(納品価格)の切り下げ⇒⇒中小企業の川下デフレ⇒⇒中小企業の困窮と中小企業の倒産もしくは消滅
<円安政策と中小企業の川上インフレ・川下デフレ
および賃金の低下・消費不況の悪連鎖>
輸出政策(円安政策)⇒⇒円安⇒⇒輸入原材料価格の高騰⇒⇒中小企業の川上インフレ⇒⇒中小企業の川上インフレ・川下デフレ⇒⇒非正規雇用増加⇒⇒賃金切り下げ⇒⇒賃金の全般的低下⇒⇒消費不況の深化
日銀はこのような悪連鎖による不況を理解できず、輸出増による景気回復を狙って、「低金利策」を続けている。それが異常な円安をもたらし、一時は1ドル150円にも上った。それゆえ「輸入インフレ」の高進となり、これを抑制すべく金利を0.25%から、許容限度0.5%までに引き上げた。これは同時に超低金利ゆえの「海外投資や外貨預金への資金流出」を抑制するためである。
ちなみに22年7~9月期は、海外投資の「配当」や「利子収益」が、年換算で50兆円にも達した。それゆえ日銀はこの「資金の海外流出」を抑制するためにも、金利を幾分引き上げた。したがって「円安」が幾分緩和するが、円安の修正は「輸入インフレ」を緩和させ、中小企業および家計の困窮が緩和する。
しかし他方で、円安で大手企業の利益が減少する。輸出大手は円安で「ドル建て輸出の円換算額の増大」および「海外工場のドル収益の円換算額の増大」により、また商社等は「海外輸入物資の円換算国内販売」で利益を拡大してきたが、円安が緩和されるにつれ、この利益が縮小する。
しかし悪連鎖経済の改革のために、円安の抜本的な修正が不可欠である。また前回のコラムで述べたとおり、中小企業の「同業社組織」と「異業種を含む地域業社組織」がスクラムを組み、各地域の商工会議所もこれを支持して、大手企業に対する「拮抗力・納品価格の下落阻止」を行使することが重要である。