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日本の人口激減と人手不足および世界人口の爆発と飢饉----日本の対策「少子化・外国人労働・農業」問題  

    厳しい人口減少と労働力不足-----推定1600万労働力人口減少

  近年の日本の人口は、毎年60万人以上も減少し続けている。2022年の外国人を含む日本の総人口は124947000人、日本人は12203万人、前年からの減少数は75万人で比較可能な1950年以降で最大の落ち込み。この減少は12年連続だが、労働の担い手となる1564歳の「生産年齢人口」は、2017年より2529115人減の74962731人で、総人口に占める割合は59.5%、これも過去最低を更新した(総務省人口推計)。

 

 近年は労働力不足を、高齢者や女性が働きやすい環境づくりで補ってきたが、それも厳しくなっている。また「少子高齢化」も進む。65歳以上の高齢者は36234000人で、総人口に占める割合は29%と過去最高。他方で1549歳の女性1人の子供出産数平均である「合計特殊出生率」は、22年が1.306年連続で前年を下回った。

  

 これらの傾向から実際の労働力人口は、次表のとおり2040年までに1600万人減少するとの推定(総務省)。また人口問題研究所によると、経済成長率が1.24%平均の場合は、40年までに「外国人労働者」が600万人に増えるという。現在は170万人(在留外国人は288万人)だ。

 

(表1)労働力口(万人)         *総務省統計局『労働力調査年報』

1989

2019

2030

2040

2060

1564歳人口

労働力人口

就業者人口

8552

6270

6128

7510

6886

6724

 

5880

 

5268

 

4157

 

日本の人口減少は既に、農業、漁業、建設業、運輸業をはじめ様々な産業の見通しを難しくしてる。加えて年金や医療、介護といった社会保障費が膨らみ、国の財政も悪化し、見透しが難しい。したがって政府は人口を増やすべく、「子ども家庭庁」を設け「異次元の小子化対策」を目論む。果たして成果を期待できるであろうか。

 

出生率の上昇策および外国人労働者問題

  人口維持が可能な「合計特殊出生率」は2.07以上であるが、次表のとおり先進諸国はいずれもこれを切っている。しかしフランスやスエーデンは2近くまで戻している。双方とも1.61.7ほどまで落としたが、政策によって回復させきた。

 

 

(表2)合計特殊出生率(1549歳の女性一人の子供出産数平均)

 

2005

2010

2015

2017

2019

日本

アメリカ

ドイツ

フランス

スエーデン

韓国

1.26

2.06

1.34

1.94

1.77

1.09

1.39

1.93

1.39

2.03

1.98

1.23

1.44

1.84

1.50

1.96

1.85

1.24

1.43

1.77

1.57

1.89

1.78

1.05

1.361.30

1.71

1.54

1.86

1.71

0.92

       *日本の20152017の上昇は、段階ジュニア世代の出産適齢期に相当、1.302022年値

先進諸国の出生率の低下は、いずれも「教育費の上昇」「結婚に対する価値観の変化」「避妊の普及」の3要素が大きい。これらに拠る少子化を防止するために、フランスもスエーデンも「子供を社会で育てる政策」を実践する。例えばフランスの「シラク3原則」は「子育ての経済負担軽減、無料保育所、育休後の職場復帰の条件不変」などである 

  これらの影響もありスエーデン、ノルウェー、フィンランド、ドイツ、アイルランド、オーストリアなどでは「大学教育」を無料としている。日本の現政権は子ども政策担当の内閣府特命大臣」の下に300人規模の職員が配属し、子ども政策改善の「勧告権」を持たせる。また民間や地方自治体との人材交流も、積極的に行う方針だ。

 

 ところで合計特殊出生率を上げるには、フランスなどの例から明らかなように「子供を社会で育成の政策」と「国民の意識転換」が必要だが、これに伴って「婚外子」が増える。婚外子の比率はフランスが57%、スエーデン55%、デンマーク75%、オランダ49%、イギリス48%、ドイツ35%だが、これに対して日本は2.3%、韓国1.9%だ。この落差にも両国の少子化対策と国民意識の「視点」が暗示されている。同時に「所得格差」が大きいことも、両国の出生率の低下に大きく影響している。

 

いずれにしても「日本の少子高齢化」の改革には10年以上も必要だが、その間に「人手不足」によって産業が衰退する。これを緩和するために、今まで以上に「外国人労働者」を増やすことが不可欠。これまでは「外国人技能実習制度」により、また19年からは「特定技能資格制度」も加えられて、外国人労働者を受け入れてきた。

  しかし、いずれでも労働基準法や労働安全衛生法違反など、「人権侵害」が問題となっている。なかでも多いのが長時間労働と低賃金や賃金未払いの問題だ。技能実習は「外国人に日本の技術を学んでもらい、母国で役立ててもらう」という制度ゆえ、転籍を原則認めない。しかし実際は「外国人労働者は安い労働力」との認識で雇用する日本人も少なくない。

 

 また外国人はビザの制限があるため滞在期間が限られ、したがって転職のハードルが高く、賃金や労働環境に納得できなくても働き続けるという背景もある。これらから政府は「技能実習制度」を廃止して、「人材確保」と「人材育成」を目的とした新制度に改める方針だが、職場の正しい実効性が問われる。

 

飢餓の世紀----世界人口爆発と食糧不足

  日本をはじめ多くの先進諸国の人口は、減少し続けているが、世界全体の人口は爆発的に増大し、食糧生産がこれに追いつかない。2050年の世界人口は97億人となり、必要な食糧は現在より7割増えるが、農地面積は5%しか増えない。しかも土壌の劣化が深刻で、単位面積当たりの生産性を上げることが難しい(国連食糧農業機関FAO)。

 

 世界人口は毎年9000万人ほど増加してきたが、現在の人口増加の最大寄与国はインドであり、地域ではアフリカや中東の増加率が高く、年3%に達する。この9000万人のうち8400万人が第3世界。しかしアフリカの「一人当たり穀物生産」は、7090年代の間に20%も落ち込んでいる。したがって2021年では8億2800万人が、充分な食糧を得ることが出来ず、世界の「飢餓人口」も増加し続け7億人に達した。

 

 世界の1人当たり「穀物消費量」は、年間200キロほどだが、アメリカなど富裕国は800キロだ。前者は一定の穀物から、後者は穀物ばかりでなく肉類、チーズ、鶏卵その他から摂取しているが、それがこの差となっている大きな要因。穀物を人間が直接食べる場合とくらべて、肉食で同じカロリーを摂取するには、その10倍以上の家畜穀物飼料が必要だ。

 

  また1キログラムのトウモロコシ生産に必要な灌漑水は1800リットルだが、牛肉1キロ生産するには、その約2万倍もの水が必要だという。他方で温暖化現象や森林伐採によって毎年、九州と四国を合わせたほどの700万ヘクタールが砂漠化している。さらに化学肥料などに拠る地味の低下で、増産効果もすでに限界に近いという。

 

  他方で日本の降雨量は世界平均の2倍であるが、食糧したがって「仮想水(バーチャルウォーター)」を大量に輸入して、水を十分に利用していない。他方で世界全体では8億人が衛生的な水がのめずに、それが原因で毎年400万人が死亡している。この事実に鑑みて、日本は農業を発展させ、肉に関しても自給力を高めるべく、酪農を保護発展させるべきだ。

 

 ところで世界人口を安定化させ「飢餓の世紀」を防止するために、発展途上国の人口計画に対して援助を行う「UNFPA(国連人口基金)」が、1967年に設立された。これは、それぞれの国の「性と生殖に関する健康(reproductive health)」や、個人の選択に基づく「家族計画」の改善を支援する。その年間予算は24000万ドルに過ぎなかったが、同期のアメリカの「軍事活動情報費」は300億ドル(1994年、レスター・ブラウン『飢餓の世紀』)。

 

 そして2020年の軍事費はアメリカが7782億ドル、日本は491億ドル(6.5兆円)だが、2327年間に合計43兆円以上にすると言う。また22年の世界の軍事費は、前年比2.6%増の19786億ドル(約260兆円)<英シンクタンクIISS>。どれも無能な危険な愚策だ。

 

 何故なら戦争は「チキン・レース(臆病者レース)」から始まる。たとえば相手が恐怖からハンドルを切ることを期待しながら、お互いにビクつきながら真正面から車を走らせて激突となってしまう。日本の真珠湾攻撃、米ソのキューバ危機、プーチンの対NATO・ウクライナ侵略など、いずれも同じである。

 

 

 

ロシアと日本のエートス----ウクライナ問題に寄せて

 ロシア正教と大衆のエートス

 ロシアおよびソ連の歴史を、とくに対外関係において辿ると、西に進出するか、南下進出か、あるいは東方進出など、常に領土拡張的であり交戦も多い。今回もクリミア自治共和国を編入し、さらにウクライナに進出している。こうした状況を見ると、多くの人々は、司馬遼太郎の「ロシアの原風景」に頷くであろう。

 

 司馬遼太郎は『坂の上の雲』を執筆するに当たり、8年ほど「ロシア」について考え続けて、次のような「ロシアの原形」(『ロシアについて---北方の原形』文春文庫)を明らかにした。いわく「外敵を異様に恐れるだけでなく、病的な外国への猜疑心、潜在的な征服欲、火器への異常な信仰」だと。

 

 確かにこうした見方は、とりわけロシアの政治や外交さらには若干の権力者を見る限り、否定し難い面もある。しかしこれがロシア民衆の一般的傾向であろうか。そのような習性から、あのような素晴らしいシャガール(ベラルーシ出身)その他の絵画や、チャイコフスキー、ラフマニノフなどの音楽やクラッシック・バレエ、トルストイやドストエフスキーなどの文学をはじめ、素晴らしい芸術や文学作品が生まれるだろうか。

 

 ちなみにシャガールの絵画は、封建時代の「ミール共同体」に関するスラブ民族の思い出を描いているという。ミールは「ロシア正教の同胞愛」に裏付けられた「農村共同体」である。全農民が私有地を持たず、家族の人数に応じて村有の土地が割り当てられ生活する。その運営は、村民全員参加の決議に拠る。

 

 ロシア正教(ギリシャ正教)は原始キリスト教にちかい宗派であり、何よりも「隣人愛・同胞愛」に徹する。フランス革命の「自由・平等・友愛」のスローガンがロシアに入ってきたとき、それらは隣人愛のエートス(習性)に従って、「自由とは共同体のためにつくして自己犠牲を払うこと」だと解釈された。

 

また「平等」とは同胞愛に基づく経済的平等、「友愛」は連帯の絆に基づく大衆が全体として「ツァー(皇帝)から解放されること」だと解釈された。こうしてみると後の「社会主義」の実現は、初めから約束されていたとも言えようか。それはともかくロシア正教の「隣人愛」と並ぶもう一つの教義は、「現世を軽んじて自己の内心においてひたすら神を求める」というものである。

 

ロシアの自己犠牲・メシア観

このように隣人愛と、神を追求して内心に鎮静するという教義から、さらに大衆は政治的関心が薄く、政治を軽視する傾向となりがちだ。そして自己の内面に沈潜して、内面の表現である芸術に向かう。このような大衆の政治的無関心からスターリンの独裁政治が生まれ、また無理の多い社会主義体制が革命以来70年も続いたのであろう。

 

しかし大衆は、他方で「隣人愛・同胞愛および自己犠牲・奉仕」のエートスに基づく「国際平和」をも掲げる。そして「友愛・奉仕の原理に結ばれた理想的な世界」を創り、世界を「救済する」ことこそが、スラブ民族の使命だと覚悟する。このようなロシア大衆の「メシア観」は極めて強く、そのためには武力行使をも辞さない。先に触れたソ連の東方、西方、南下の交戦の背後にも、このようなエートスがあった。

 

したがって司馬遼太郎の「火器への異常な信仰」という観察も首肯できる。強力な「メシア的使命感」ゆえに、命をとして戦うべきだという強力な観念であるが、それだけに世界や、とりわけロシアの周辺諸国には、世界平和に関する難しい外交が課せられる。当面の問題では、ウクライナに武器を供与すれば出口が見えるなどという事態ではない。これはロシア大衆のエートスに対する無知であり、事態を一層悪化させる。

 

嘗て本欄で述べたように、親ロシア派が多いウクライナ地域を、ロシアに併合するのではなく、ウクライナ領の中の「自治州」とすることを、国連が戦争終結のために、ロシアとウクライナの大衆に提案すべきだ。そしてプーチンとゼレンスキーを説得する。他方でウクライナをNATOに加盟させないことをも明言する。国連のこの表明によって、ウクライナ侵攻は「スラブのメシア的使命感」と無関係な「臆病なプーチンの野望」に過ぎないことを、ロシア大衆に理解させられる。そえゆえ終戦へと導くであろう。

 

日本の通奏低音「思いやり」

日本は古来より中国、インド、朝鮮、西洋などの思想や文化を取り入れてきたが、それらを日本流にアレンジしている。そのアレンジに共通な、言わば「酵母菌」もしくは「通奏低音(basso ostinato 執拗低音)」がある。それが日本古来の心情の「思いやり」だ(大塚宗元『日本の心 東洋の心』経済往来社)。ロシアにも通奏低音があり、それが「隣人愛・自己犠牲のメシア主義」であるならば、それに正しく訴えてウクライナ戦を終結させることが出来よう。

 

ところで日本思想の底流には「思いやり」と並んで、「天地自然の生成発展の自ずからからなる理法」を尊び、これに従う心情が流れている。例えば儒教を「天の道を教えるもの」として受け入れ、治者の倫理・道徳を示すものとして説いた。また庶民は「天地不書の教」(二宮尊徳)として、自然を尊重した。これらは「人と自然に対する思いやり」の情に発している。さらに大乗仏教は、個人の内面における超越「自然への内在的超越」の教えとして流布され、「草木悉皆成仏」をも説く。

 

さて「思いやり」はこのように人に対しても、自然に対しても向かうが、思いやりが「甘え」に繫がると「自分かって・我がまま」となる。これが現在の「日本の経済主義」や「環境汚染」を齎した。他方で「思いやり」は「人に対する情け」に向かい、それは健全な「性愛」もしくは不健全な「色好み」にも繫がる。さらにこれは「諦観」へ、そして「わび・さび」の枯淡主義や、幽玄の世界に繫がる可能性もあると言う(大塚宗元『日本の心 東洋の心』)。

 

日本の「思いやり通奏低音」から、やがて現在の経済も政治も大きく転換することを期待したい。これまでの「経済主義」や「営利主義」は「情けなしの仕業」の結果である。それは、世界に対する「思いやり欠如」の「ソーシャル・ダンピング」をも齎したらした。これが長期不況の原因に繫がっている。これらを大手企業も「パートナーシップ構築」など、漸く反省し始めているが、さらに日本の「通奏低音」に届くまでの反省と実行が不可欠だ。

 

他方で政治とりわけ防衛や外交も、「思いやり」を基本とする交渉でなければならない。しかし現在は「防衛力増強・敵基地攻撃能力」など身勝手かつ危険な路線に向いている。けれども「太平洋戦争」への道と、現在の「ウクライナの悲劇」を正しく反省し、古来の「本来の思いやり」に合致する政治外交を目指すべきである。

 

また「原発再開・運転規制の緩和」の政策も、福島の原発事故や日本の地震地層および防衛の諸点から、より根本的には日本古来の「人と自然に対する思いやり」の観点から、抜本的に再考すべきだ。他方ですでに社会においては「ボランティア」が活発になるなど、本来の「思いやり通奏低音」が多く奏でられている。

 

 

*本論と227月のコラム「ウクライナ考-----チキン・レースか人命尊重か」とを合わせてお読み

  頂ければと思います。

超金融緩和策による暗雲重層-----企業倒産・賃金低下・貿易赤字・財政借金増大・銀行の融資難・企業益格差と所得格差の拡大・官製株価

 

 中小企業倒産とパートナーシップ構築および家計消費

企業倒産(負債総額1000万円以上)は、「東京商工リサーチ」によると、22年が6428件で3年ぶりに前年を上回った。また「帝国データーバンク」の発表では6376件。この倒産増加は、「円安」と「ウクライナ問題」による「輸入原材料高」が、大きな原因の一つだ。とくに燃料高騰の影響を受けた「運輸業」の倒産が324件と目立つ。

 

他方で今後は、「ゼロゼロ融資」の影響が懸念される。これは政府による「コロナ禍」の経営を支えるための融資であるが、200万件超の利用があった。この返済期限が迫る来春に向けて、返済不能倒産が増えるであろう。というのもゼロゼロ融資がなかった19年の倒産件数は、8383件と多かった。輸入原材料の高騰にも拘らず、大手企業が、中小企業からの「納品価格」を上げさせないからだ。

 

このような推移から、中小企業庁は「大企業と中小企業との共存共栄のパートナーシップ構築宣言」を提案した。それゆえ経団連、日本商工会議所、経済同友会は、加盟各社に対して「下請け企業などとの取引における、コスト上昇に見合う円滑な受け入れ」を要請した。

 

これらの効果もあり22年の「国内企業物価指数」(20年平均=100)は、114.7で前年比9.7%上昇となった。比較可能な1981年以降の最大の伸び。ちなみにこれまで最大の伸びは21年の前年比4.6%。ただしこの企業物価の伸びでも次表のとおり、それは輸入物価の伸びには遠く及ばず、中小企業の「川上インフレ・川下デフレ」の困窮が続く。

 

(表1)各物価指数(2010年=100)の推移)  *輸出入物価指数は、円ベースの指数

2018

2020

21年上期

21年下期

22年上期

22年下期

消費者物価

企業物価

輸出物価

輸入物価

105.0

104.1

108.0

113.4

105.5

104.3

100.8

117.8

105.1

105.0

100.7

113.9

105.2

110.3

106.7

125.9

107.1

116.0

119.4

175.4

109.7

121.4

131.8

216.2

 

 それはともかく、企業物価の上昇から、消費者物価指数(10年=100)も、22年平均が108.4で前年比2.5%上昇、12月は110.3で前年同月比4.0%上昇となった(表1)。それゆえ「家計消費支出」も22年の二人以上世帯の消費支出は、月平均29865円と2年連続で伸びた。もっともこれはコロナ禍からの回復に拠る旅行、娯楽関連が増えたことにもよる。したがって物価変動の影響を除いた「実質家計消費」も、前年より1.2%増だ。

 

中小企業の困窮と実質賃金の低下-----ドイツの半額

では賃金はどうか。22年は「名目賃金」の伸び「前年比2.1%」が、物価上昇に追いつかず、「実質賃金」は前年比0.9%減。23年の春闘は、これをプラスの出来るか!それは中小企業の賃上げ如何であるが、これは企業物価の上昇が、中小企業の「川上インフレ・川下デフレ」を、どの程度緩和するかに掛かっている。

 

ところで賃金についてヨゼフ・ピーパーは、典型的な二つの見解を述べる(稲垣訳『余暇と祝祭』)。一つは独裁者スターリンの「賃金は仕事に基づいて算定され、労働者の必要に基づいてではない」と、もう一つは教皇ピウス(ピオ)十一世の回勅『クアドラゼシモ・アンノ』の「第一に、労働者に対しては、彼自身およびその家族が生活を維持するのに充分な賃金を支払うべき」と。

 

(表2)実質賃金指数 2010年=100 *事業諸規模5人以上(10年は30人以上)

2016

2017

2018

2019

2020

2021

現金給与総額

決まった支給額

95.5

94.7

95.4

94.6

95.6

94.3

93.7

93.6

93.5

92.9

93.5

93.1

 

 この回勅のとおりの賃金は、それに見合う企業利益が得られなければ不可能である。他方スターリンの見解のような賃金や企業経営は、思いやりに欠けるばかりでなく、企業の継続や従業員獲得が難しいなど、問題も大きい。しかし企業競争に勝つためや、企業利益を上げるために、企業はこのような方向に向かいがちだ。

 

結局のところ、これらの双方を組み合わせた賃金となるが、「年功序列賃金」と「ジョブ型賃金」の組み合わせがポイントであり、その塩梅は自企業の経営ばかりでなく、景気や物価などの経済全般との兼ね合いによる。表2のとおり、日本の実質賃金は2010年より7%ほども減少しているが、これは中小企業の利益が減少し続け、賃金を抑制せざるを得ない状況ゆえだ。異次元金融緩和の「円安」によって、中小企業の「川上インフレ・川下デフレ」が深刻化している。2010年から「輸入物価」は2.16倍となったのに、企業物価は21.4%の伸びに過ぎない(表1)。

 

(表3)時間当たりの賃金(製造業、各国通貨)および賃金の購買力換算指数(日本=100

 

日本

アメリカ

イギリス

ドイツ

フランス

2010

2015

2020

2246100

2311100

2465100

24.91123.9

28.37127.0

31.14127.9

16.73118.5

17.99116.3

19.50120.8

25.56157.9

29.30168.6

32.50180.8

21.64125.9

24.35134.8

26.90151.9

 

他方で多くの大手企業は「かなりの賃上げ」が可能なほどの過去最高利益を上げているが、それを自社株買いや内部留保に向けて、利益に見合う賃金、さらにはクアドラゼシモ・アンノ流の賃金を配慮していない。したがって表3のとおり、日本の実質賃金(製造業の時間当たり購買力平価賃金)はドイツの55%、フランスの66%、アメリカの78%と低い。

 

金融緩和の「円安」による貿易赤字の増大

22年の貿易赤字が19.97兆円と、前年赤字の10倍、過去最高赤字だった14年の12.81兆円をも大きく上回った。輸入額が前年比39.2%増の118.15兆円、輸出額は18.2%増の98.18兆円といずれも過去最大だが、これらから明白なとおり、この過去最高赤字の最大要因は「円安」である。円安が「ドル建ての輸入原材料の円換算額」と「ドル建て輸出の円換算額」を膨張させた。

 

しかし「ドル建て貿易」は、輸入が7割、輸出が5割であるから、この2割の差だけ、円安が貿易赤字を助長する。たしかに輸入の円額が大きくなった要因には「ロシアのウクライナ侵攻」もあるが、この輸入額を「円安」がさらに大きくした。したがって消費者物価も前年比4%以上の40年ぶりの高騰となり、家計を圧迫している。円安は、一時は1ドル150円以上にも達した。

 

(表4)輸出入額(通関ベース、兆円、1000億円未満四捨五入)と貿易指数(15年=100

*輸出入総額は、22年以外は各年度の合計額    

 

 

輸出額

輸 出 指 数

輸入額

輸 入 指 数

出入超額

金額

数量

単価

金額

数量

単価

07

10

19

20

21

22

85.1

67.8

75.9

69.4

85.8

98.2

90

80

99

99

108

130

124

114

103

91

102

100

/

/

96

109

106

130

80.0

53.1

77.1

68.4

91.2

118.2

93

114

96

89

105

151

100

97

105

98

103

103

/

/

91

91

102

147

5.1

14.7

1.2

1.0

5.4

20.0

 

 この「円安」による輸入額の異常な暴騰と、それゆえの消費者物価の急騰だけから見ても、日銀の金融緩和策の悪影響は異次元だ。また大手の海外生産増大により、表4のとおり「円安」にしても「輸出数量」は伸びず、中小企業の仕事が減少している。

 

同時に円安が大手輸出・海外生産企業や商社の「円換算利益」を増大させ、企業間格差が拡大している。それゆえ政府・日銀はこの「円安」を抑えるために、229月に24年ぶりの「円買い介入」をしたが、その後も介入し9月、10月の介入総額は9兆円超となった。

 

それにも拘らず「金融緩和策は間違っていない」と、新旧総裁をはじめとする日銀関係者は屁理屈強弁に終始している。ちなみに21年もすでにウクライナ問題による海外の原材料価格は高騰していたが、円の年間平均は1ドル110円ほどであったゆえ、貿易赤字は22年の10分の1に止まったのである。

 

財政節度を乱した日銀の大量な国債買い

 日銀は「国債購入」によっても「金融緩和」を進め、普通国債の半分以上を保有している。税収で返済する必要のある「普通国債」の発行残高が、2212月末に10057772億円になったが、このうち日銀の保有額は530兆円にも及ぶ。このような日銀の国債買いが、財政節度を失わせる。

 

ちなみに普通国債は公共事業の財源となる建設国債や赤字国債、借換債などを含むが、貸し付けの回収金で返済する財投債や借入金、政府短期証券なども合計したいわゆる「国の借金」はGDPの2倍以上の12569992億円となった。

 

普通国債の残高は、新型コロナウイルス禍を境に増加ペースが加速した。1819年度末の増加率は前年度末比で12%程度だったが、20年度末に6.8%に跳ね上がり、その後も増加率が続く。とくに「物価高対策」や「巨額の予備費計上」で歳出膨張は続く。23年度予算は一般会計が初めて110兆円を超える114兆円、35.6兆円の新規国債の発行を予定。これで普通国債の同年度末の残高は、1068兆円に達する見込みだ。

 

このように円安による物価高が、財政赤字をも深刻にし、また巨額の普通国債から「国債費」も急増している。財務省は、利払い費の見積もりに使う金利を26年度に1.6%に置いて、同年度の国債費は29.8兆円と23年度から4.5兆円増えると試算する。この国債費は、歳出総額の4分の1超まで拡大し財政を圧迫する。

 

日銀が22年末に10年物国債利回りの許容変動幅を、プラスマイナス0.5%に拡大し、長期金利は上昇傾向にあるゆえ、このような予測となる。社会保障費の膨張と防衛力の強化に「国債の利払い費急増」が重なれば、財政の政策余地はきわめて限定され、国民経済全体が縛られる。ここにも日銀の異次元の金融緩和の暗影が濃厚だ。こうした状況ゆえ財政危機の懸念から、国債が売られて金利が上昇すれば、財政はいっそう逼迫する。

 

日銀の異次元金融緩和策は、さらに超低金利やマイナス金利ゆえに「融資益」が上がらず、とりわけ地方銀行の「地域業者への融資」を困難とし、これが景気回復の足を引張っている。また大量の株式買いが、株式を吊り上げ「国民の所得格差」を拡大させ、同時に異常な「官製相場的な株式市場」を形成して、出口が見つからない。

 

このように「金融緩和策の弊害」は日本経済全体に及んでいる。そもそも「金融緩和により市場にカネを大量に流せば、物価が上昇し、景気が良くなる」という緩和策は逆さまだ。逆に「景気が良くなれば物価が上昇するゆえ、それに対応する政策」すなわち「限定的な節度ある景気政策」が日銀の本分だ。それ以上の景気政策は、財政政策および「産業構造の改革」などに委ねるべきである。

 

 

 

 

 



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