(1)右寄り政治・輸入インフレ・所得格差策の継承
今回の参議院選挙において、従来の「自民党票」の多くが「参政党」に食われ、自民党は大敗した。参政党は右派ポピュリズム政党であり、「日本人ファースト」「消費税段階的廃止」「外国人規制強化」「新憲法制定」などの主張だ。このような参院選の結果も影響し、自民党総裁選で大方の予想に反して、右寄りの高市氏が選ばれた。
高市氏はとりわけ全国党員票の支持を受け、その中でも比較的若い層に支持された。彼女は安倍元首相の方針を引き継ぎ、自民党の中でも最右派とみられる。「財政主導の経済成長」と「金融緩和策」を重視し、さらに「地方自治体に対する交付金の増額」「ガソリンの減税・旧暫定税率の廃止」「防衛費拡張」を主張している。
このような政治主張が支持される背景には、30年間も続く「不況」と「国民の所得格差」がある。日本の所得格差は先進諸国の中では、アメリカ、イギリスに次ぐ大きさだ。日本のパート主婦を除いた「非正規雇用」だけでも890万人、就業人口の13.9%で、平均年収が216万円で正規雇用給の4割強に過ぎない。それゆえ「貧困率」は37.2%。これらの人々の未婚率が69.2%、男性では74.5%だ(朝日新聞9月5日号、橋本健二氏インタビュー)。
このような所得格差と低成長経済から、経済成長のための「財政出動」や「金融緩和策」が望まれ、同時に「日本人ファースト」「外国人規制強化」が叫ばれる。さらに高所得者も、金融所得の割合が大きいゆえ金融緩和を支持する。なぜなら金融緩和で「円安」が進み、それにより「株価」が上昇するからだ。円は高市総裁決定時に、対ドル153円の円安、また対ユーロも177円と1999年のユーロ誕生以来の円安となった。
円安により「ドル建て輸出の円換算価格」が上昇し、また「海外子会社利益の円換算額」も跳ね上がる。したがって大手企業のこのような利益から「株価」も上昇する。ちなみにこの4年間、大手は過去最高益を更新し続け、それゆえ全企業内部留保も600兆円超だ。高市新総裁が決定された日は、日経平均が2000円超と過去最高の上昇幅となった。
しかし他方で「円安」により「輸入原材料」と「輸入食品」の円換算額が高騰し、中小企業と国民生活が脅かされている。したがって「輸入インフレ」が高進し、「中小企業倒産」も激増だ。1986年に533万社あった中小企業数は、今や335万社ほどへと、200万社ちかく減少した。要するに高市総裁が継承する「アベノミクス」が、「円安」「株高」「輸入インフレ」「中小企業倒産」「所得格差拡大」「財政窮迫」を齎したのである。
(2)自然環境と財政赤字を熟慮すべき
先の「ガソリン減税・暫定率税」の廃止は、確かに国民にとって望ましいと思われる。しかし、これにより「二酸化炭素」の排出量は、247万世帯の排出量に匹敵する610万トンも増え、排出削減の国際公約の達成に大きく影響する(国立環境研究所2030年試算)。経済その他の政策も、このような重要な諸条件を勘案しながら遂行すべきである。
国民民主党の主張する「住民税減税」および「所得課税ライン103万円」を、160万円さらに178万円に引き上げると、税収は7~8兆円も減少する。これを容認すれば、すでに先進諸国で最悪の日本の財政赤字は、出口を失う可能性が大きい。
また高市氏主張の「重点支援地方交付金」も、コロナ対応では3年間で18.3兆円計上され、物価対策に軸足が移った23年度以降でも4.5兆円に達している。加えて高市政策は、「医療機関・介護施設」に対する支援も揚げている。これも重要だが、その規模は未定であり、ここでも財源問題が浮上する。
日本の財政赤字は先進諸国で最悪の水準で、次表のとおり国と地方の累積債務はGDPの2.6倍(260%)にも上る。この比率はアメリカやイギリスが80%、ドイツは35%ほどに過ぎない。したがってIMFは「日本は破産したギリシャやレバノン政府の借金より深刻だ」と警告している。
(表1)国の一般会計の国債依存度(国債額の対歳出額 %) と長期政府総債務残高の対GDP比率(%) 出所:IMF統計 |
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会計年度 |
アメリカ 19 20 21 |
イギリス 19 20 21 |
ドイツ 19 20 21 |
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国債依存度 長期債務残高 |
22.1 22.6 20.0 79.2 80.5 81.0 |
7.3 32.9 28.9 79.8 / / |
△3.9 42.8 36.1 35.3 / / |
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会計年度 国債依存度 長期債務残高 |
日 本 19 20 21 22 23 25 35.0 64.8 40.9 50 31 24.9 236 258 255 260 258 248 |
(表2)国の一般会計 *単位兆円 *カッコ内は国債発行額の対歳出比%(25年は当初予算) |
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年度 |
2010 |
2020 |
2021 |
2022 |
2023 |
2024 |
2025 |
歳出額 税収 国債発行額 |
95.3 42.3 41.5(44) |
147.6 60.8 108.6(74) |
144.6 67.0 57.7(40) |
132.4 71.2 50.5(38) |
127.6 69.6 44.5(35) |
126.5 72.6 42.3(33) |
115.2 86.6 28.6 (25) |
国の一般会計を見ても、歳出額の40~70%を国債に依存してきた(表2)。最近は国債発行を、やや抑制気味ではあるが、それでも25年度当初の「社会保障費」が38.3兆円(対前年度比1.6%増)、「国債費」が28.6兆円(同2.5%増)で、これらの合計だけで66.9兆円と「全歳出額」の58%を占める。加えて防衛費が過去最大額の8.7兆円(前年度比10%増)である。
(3)欧米諸国のナショナリズムと国民意識の分裂
ところでイギリスでは2022年に「トラスショック」が生じた。トラス首相が、財源の裏付けがない「減税策」を打ち出したことから、通貨と国債、株式が同時に売られる「トリプル安ショック」となった。日本でもその可能性がないとは言えない。先述の減税や歳出増は、高所得と高収益に対する「大幅増税」なしには危険である。
イギリスはサッチャー政権以来の「新自由主義策」により「社会保障策」が劣化して、とりわけ高齢者の生活が厳しくなった。それゆえ多くの高齢者が、「外国人の流入・福祉」に反対して、EUから離脱した(ブレグジット)。しかし46歳以下の60%がブレグジットに反対し、国民の意識が二分された。
けれどもトラスショック以来経済がいっそう沈滞したゆえ、若年層もブレグジットに賛成して、外国人排斥主張の「右派ポピュリズム政党・改革党」が急伸してきた。イギリスの最重要課題として、「移民問題」を指摘する国民が60%近くに達すると言う。
フランスでは「予算案調整不能」から、最近の「ルコルニュ政権」が在任期間27日で総辞職した。首相交代は最近の2年足らずで5人だ。「EUのグローバル政策」により地方の工業や農業が疲弊し、それゆえ困窮住民は「再分配重視」の左派政党を支持する。しかし「自由市場・小さい政府・排外主義」の右派政党がこれに対抗し、とりわけ極右の「国民連合RN」が躍進している。
ドイツではチューリンゲン州、ザクセン州など旧東ドイツの州において、右翼政党の「ドイツのための選択肢AfD」が第一党となり、国政でも第二党となった。この背景には、東ドイツ出身者は、「二級市民」のごとく扱われる意識があるからだと言う。
確かに旧東ドイツ出身のエリートは、相対的に少ないと言われる。他方でドイツ国民の中には、「EUの規制や官僚制」に反発する人々もいる。これらから「右翼・ポピュリスト政党」の台頭となってきた。このようにヨーロッパ諸国では国民意識が二分され、右翼や排外主義の「ナショナリズム・ポピュリズム政党」が台頭してきた。
またアメリカも同様な分裂が進む。無謀なトランプSNS政治の「アメリカ・ファーストと外国人規制強化」「大幅減税」「関税強化」「大学規制」などの政策から、議会も分裂して「予算」が決定できず、一部の政府機関が閉鎖されて62万人の給料が止められている。トランプ流「ポピュリズム・ナショナリズム」の台頭ゆえだ。
(4)日本もナショナリズム思考者の増加か!
先述の参議院選で自民党は、右派政党「参政党」に自票が食われて敗北した。その反省もあり、自民党の中でも右翼寄りの高市氏が総裁に選ばれた。彼女は「特定機密保護法」「国家安全保障局」「集団自衛権」を設定した「安倍政権」の直系であり、「スパイ防止法」「防衛費拡充」も主張する。
このように欧米諸国と同様に、日本もナショナリズムに向かう気配が見える。ところで芥川龍之介は昭和2年(1927年)の自殺の前に、「漠然とした不安で堪らない」と友人に訴えた。それは「大正デモクラシー」が過ぎ去り、「国際化から軍国ナショナリズムへの転換」を予感した心配であろう。
ところで明治維新以来の日本は、20年ないし25年周期で「国際化」と「ナショナリズム」との間を揺れ動いてきた。明治維新からの20年間は「鹿鳴館」に象徴される国際化の波、後半は「殖産興業」「富国強兵」でナショナリズムが高揚した。
次の比較的短い大正時代は、「大正デモクラシー」の「国際化」が展開された。しかし昭和に入ると龍之介の不安どおり、太平洋戦の敗戦まで「軍国ナショナリズム」の嵐が吹きまくった。そして戦後20数年間は、アメリカ模倣の「国際化」であった。
けれども敗戦の苦境から立ち直り、やがて「高度経済成長」が実現すると、昭和40年(1960年)代後半から、今度は「輸出第一主義」の「経済ナショナリズム」にのめり込んだ。それゆえ、欧米諸国から非難されるほどの異常な「輸出増大・貿易黒字」をもたらした。したがって1985年の「プラザ合意」で、円高を余儀なくされ、1985年の「1ドル240円」から1987年には「120円」の円高となった。
このショックで日本は「経済ナショナリズム」から全般的に「国際化」へと舵を切り始めた。しかし2010の安倍政権ごろから、先述のごとくナショナリズム志向が強まっている。欧米諸国の近年の政治風潮と相まって、この日本の展開と流れは、龍之介の不安を思い起こさせずにはおかない。
ちなみに戦争は「チキンレース(chicken race臆病者競争)」の結果だ。例えばAとBが真正面から車を走らせ、双方とも怖くてしょうがない。しかし相手が怖がって、先にハンドルを切るだろうと思い、我慢し正面衝突だ。国際政治学の「パワー・ポリティックスPower Politics」は、このレースの推奨なのか! かつての真珠湾攻撃を思い出させる。