田村正勝コラム:中小企業「業域組織」の対抗力と社会的連帯-----公正な産業構造による不況の克服-----

(1)日本経済の低迷の根本原因----「川上インフレ・川下デフレ」

賃上げも非正社員の正社員化も不可能な構造


 90年代後半と比較すると「平均実質賃金」も「平均実質家計消費額」も、ほぼ15%下がっている。その最大理由はこの間に「正社員」が500万人ほど減少し「非正社員」が1000万人ほども増加したことだ。したがってこの賃金低下を緩和するには、非正社員を正社員化し、また「最低賃金」をアップすることだが、果たしてこれらが可能か。
 政府も「最低賃金の引き上げ誘導策」を導入するが、この引き上げ策にせよ、非正社員の正社員化にせよ、これが可能な企業は、それなりの利益を上げている主な大企業に限られる。日本の企業の99.7%が中小企業であり、ここにサラリーマンの75%が雇用されているが、これらの企業の多くでは、賃金引き上げも、正社員化も難しい。
 とくにアベノミクスによる「円安政策」によって、一方で輸入原材料の価格が跳ね上がり、下請け企業や流通業は営業コストが増大したが、他方で親企業や大手販売業は、下請け企業はじめ中小企業の納品価格などを上げさせなかった。それどころか半数以上の中小企業が納品価格の切り下げを余儀なくされ、上昇した営業コストを納品価格に上乗せできた企業は、全体の30%に満たない。

 

 

中小企業に回らない大企業の利益----不公正な産業構造


 このような中小企業の「川上インフレ・川下デフレ」の産業構造が続く限り、「下請けや中小企業間の過当競争」ばかりでなく、「大企業間の過当競争」も続く。したがって「平均実質賃金」も「平均実質家計消費額」も上昇しない。同時にこの構造ゆえに、「時短」が進まず、逆に「労働時間の延長」と「低生産性」および「売上高営業利益率」の低下、ひいてはデフレ経済の持続に繋がっている。
 ちなみに「時短運動」の成果もあったが、近年は「規制緩和策・非正社員の増大」に伴って「正社員の労働時間」が伸びている。14年時点で日本の正社員は年間2018時間で、ドイツやオランダの1371~1425時間の1.5倍ほどだ。また「単位時間当たり労働生産性」は、OECD加盟国34か国中の20位で、先進諸国の平均を25%も下回る。さらに「売上高営業利益率」は、過去30年間の東証1部上場企業の平均が5.3%で、欧米諸国の約半分だ(日本生産性本部)。いずれも過当競争と長時間労働に拠るところが大きい。

 イギリスのEU脱退問題や、アメリカの景気減速ならびに中国経済の低迷、さらにこれらから世界経済全体の不透明さが生じ、それゆえ原油および原材料の国際価格の低下などによって、現在は円高に揺れている。したがって円安によって13、14、15年度の3年間に得た大企業の「海外稼ぎの水膨れ益」は、現在は減少してきた。それゆえ「下請けや中小企業泣かせの産業構造」が、さらに強まる可能性もある。13~15年度は連続で過去最高益を更新してきた。

 ちなみに円安水膨れ利益は、本来ならば下請け企業にも回すべきであった。たとえばある自動車社企業では、車製造の7割の部分が下請け企業、3割だけがその企業本体によるから、円安利益の7割分は下請け企業の納品価格の引き上げとなるべきであった。しかし現在の産業構造から、この利益は大手親会社が独占してきた。

 

 

(2)公正な産業構造「中間組織による経済産業秩序」の形成

経済社会協議会と社会的対話


 ではこの「下請け企業や中小企業泣かせの産業構造」から脱出するにはどうしたらよいか。アメリカではかつてガルブレイスが「拮抗力(カウンターベイリング・パワー)政策」を唱えた。大企業や独占企業に対しては、中小企業が結束してこれに対抗する力をつけ、大企業の収益構造に対抗するという政策である。

 他方で欧諸国では「民主主義の形骸化」に対して、「経済社会協議会」が導入されている。たとえばドイツでは賃金決定に関して、賃上げ幅を国民経済の安定成長を保証する範囲に抑えるために、使用者団体、労組の代表、銀行代表、政府代表が大衆の前で協議し、拘束力のある賃金協定をするという「コンサート方式」が導入されたが、この方式は他の経済社会問題にも拡張された。

 フランスでは政府の中長期の経済社会計画の作成に、様々な利益者団体がパートナーとして参加し、相互に議論しあって共通目標を設定する仕組みにより、社会的紛争をあらかじめ調整する。またイギリスでも同様な「社会契約」が導入されているが、要するに公的な領域に「自律的な社会の諸組織」が参加するところの「経済民主主義」もしくは「産業民主主義」である。これを推進するための「経済社会協議会」が、欧諸国では市、州、国家、EUの各レベルにおいて導入されている。

 

同業者組合と異業種を含む地域業者組合の強化


 これは、公的機関と個人もしくは企業の中間にある「私的な中間組織」を正式に認め、それらを「社会的対話(ソーシャル・ダイアログ)」に参加させ、自由経済社会が抱える多くの問題を調整する方式である。日本でも公共体、大手企業、中小企業、消費者団体、金融機関、その他の代表が参加するこの方式を導入することにより、「下請け企業や中小企業泣かせの産業構造」を改革することができる。

 そのためには中小企業の「同業者組合」と「異業種を含む地域業者組合」の二種の「企業間組織」を形成強化すべきである。このような組織により、本来あるべき産業構造が形成され、下請け泣かせも解消する。これらの組織は第三者に開かれた「オープンな談合」により「正当に得られるべき利益」を明らかにし、これを以て「経済社会協議会」に参加し、もしくは「大企業」に対する「拮抗力」を強化することができる。

 さて、こうした制度を確立するには何よりも先ず、どんな企業連合も自由競争原理に反するというエコノミクス的思考とりわけ「新自由主義」が修正されなければならない。自主的に社会的正義の実現に努力する企業連合もある。またそうでない企業連合は、そうした方向に導かれるべきである。この傘下にある企業は相互自主的に協力し話しあい、社会的正義の実現に努力するという「公共的企業間組織」である。

 これにより大企業に対しては「拮抗力」が働き、中小下請け企業どうし間では「抜け駆け」が防止されるから、「川上インフレ・川下デフレ」構造も解消する。ただし若干の上位企業に経済力が過度に集中している場合には、行政など「公共体」の手によって「中小企業の連合組織」を強化させ、これを独占的企業に対抗せせることも不可欠である。

 しかし逆にこうした企業組合に「社会共同体の精神基盤」が不十分で、自分達の組織や産業の利益だけを追求し、公共目的をないがしろにする可能性もある。これを防ぐために政府や地方行政は厳格な監視を怠ってはならない。けれどもこの監督も、個別企業に直接するのではなく、第一に企業間組織に「公開の原理」を導入し、さらに公共の利益を代表する第三者を、この組織に参加させ監視させる。

 

行政と企業間組織の正しい関係-----政官業の癒着の防止


 さらに行政が「中小企業間組織」に数値目標を「指令」し、これを組織自らの方法と責任において遂行させることも、状況によっては重要である。現在の「商工会議所」も、このような公共的な「同業者組合」と「異業種間の地域業者組合」とを強化すれば、それぞれの地域において望ましい産業構造、「中間組織による秩序経済」を形成しうるであろう。

ちなみに欧諸国とりわけドイツでは、中小企業の力が極めて強く、日本に見られるような「親企業による下請け泣かせ」はありえない。また経済界の組織も、たとえば日本の「経団連」に匹敵するドイツの財界のトップには、概して「中小企業の社長」が座ってきた。

 ところで先の「指令」は、EUが導入している法令のひとつである。EU法令には規則、決定、指令の3つがあるが、「規則」は域内全体にわたる強制力を持ち、各国の法律に優位している。「決定」は特定の個人や企業その他の組織に対してのみ強制力をもつ「行政措置」である。そして「指令」はEUレベルが目的だけを指示し、これを実行する手段の選択はそれぞれの手に委ねるという方式だ。

 日本でもこのような「指令」を、「中間組織」および「中間組織どうしの社会的対話」に導入すれば、「政官業の癒着」も防止でき、最適な手段により「中間組織による秩序経済」が形成されるであろう。当該産業に関しては、それぞれの業界当事者がもっとも熟知しているゆえ、行政は目標だけを指示し、実行手段は業界の中間組織に委ねるがよい。

 

(3)中間組織と行政の社会的対話による環境政策

環境政策-----積極的なEU、消極的な日本


 いまや経済社会は、資源の制約や環境問題さらには高齢化社会など多くの問題に直面して、産業構造の根本的転換を余儀なくされている。そしてこれは市場原理や企業の自主性に委ねれば解決するようなものではなく、国民経済全体の問題である。したがって政府や公共体と企業が一体となって、新しい産業構造を創り出さなければならない。エネルギー、環境、財政金融、国際収支など、どれ一つをとっても、これらは政府と個別企業との協力なしには解決しない。この場合にこれまで述べた「中間組織」が重要な役割を演じる。

 とりわけ「再生エネルギー・環境問題」に関して、日本の対応はEUよりはるかに遅れているが、それはこうした「中間組織による秩序経済」が形成されていないからだ。「EU委員会」は、30年までに「温室効果ガス」を90年比で40%削減し、そのために「エネルギー供給量」に占める「再生可能エネルギー」の比率を27%に引き上げ、「電源」に占める割合では45%にするという(EU委員会「気候行動・エネルギー担当」)。

 これに対して日本の「再生ネルギー発電量」は、電源量全体のたった2.2%にすぎず、水力を含めても10.7%にとどまる。こうした状況なのに、再生エネルギーに関する政策はきわめて貧弱だ。ようやく「電力小売りが完全自由化」されたとはいえ、政府は温室効果ガスを20年に05年比3.8%減、90年比では3.1%増という暫定目標を出しただけだ。これでは「全電源」に対する「再生エネルギーの割合」は、EU諸国の水準の45%には遠く及ばない。ちなみに日本の温暖化対策は、世界の61か国中で53位と貧弱だという(ドイツの環境NGOジャーマン・ウォッチ)。

 この貧弱さに関しては、とくに政財界の「天候まかせの電源では不安」「電気料金が上がって国際競争力の低下」などの意見も影響している。しかし風力に限らず、再生エネルギーも大量に導入して安定させる技術も、また低コストにする技術も開発されつつあり、しかもその技術は日本が最も進んでいるという。

 

再生エネで「地方創成(生)」と「経済成長」


 このような政府と財界に対しては「デカップリング(切り離し)」を指摘すべきだ。経済成長と温室効果ガスの排出量とを切り離すことができ、それどころか排出量を減らすことにより、GDP成長を促進することができる。

 EUの温暖化対策で明らかになったとおり、再生可能なエネルギーの普及が、これに関する新たな産業を発展させ、それが経済成長を促す。EUは90年から今日までに「GDP」を約4割増やしたが、「温室効果ガスの排出量」を約2割も減少させている。省エネや再エネが、基幹産業なみに貢献した結果だという。これに対して日本は同期間にGDPを7%弱伸ばしたが、排出量も10%以上増やしてしまった。

 安倍政権は経済成長による「財政赤字の緩和」と「地方創生」を謳うが、そのための政策は「経済特区」や「カジノ特区」など、部分的もしくは思いつき程度にすぎない。これに対して温暖化防止の「再生エネルギー策」と、その全国レベルの普及策は、地方に新たな産業を植え付け、「地域の活性化」や「防災」に関しても大いに期待できる。

 先の「再生エネルギーの割合」を、30~40%にすればEUにちかい成果を期待できよう。とりわけ地方には風力、地熱、太陽光、太陽熱、潮流、推力、バイオマスなど再生エネルギーの宝庫が少なくない。したがって地方では「再生エネルギーに関する基幹産業」が育つ可能性も大きい。

 日本でも今まで述べた「中間組織による経済産業秩序」の仕組みを導入すれば、これも可能であり、それはEUで既に証明済みである。行政が音頭を取り「公共体」「電力業界」「エネルギー関連組織」「地域業者組織」およびその他の「関連業界組織」の間の「社会的対話」を推進することが重要である。