田村正勝コラム:独裁政治を防ぐ経済社会協議会と地方分権化-----議会制民主主義と政党政治の本質-----


(1)議会制民主主義の成立と形骸化

 アメリカでは「トランプ党」の「不動産王大統領」が誕生し、フランスでは素人同然の新人を集めて、マクロン政権が誕生した。日本ではかつて小泉首相が「素人の刺客」を立て選挙に大勝したが、今度は大義名分のない「疑惑隠し衆議院解散」で選挙となった。これに対して民進党も、非民主的な「一夜決断の解党」で選挙戦に突入している。いずれも民主主義に不安を投げかける事態である。

 

 さて政党政治が発展したイギリスにおいては、「政党(パーティーparty)」と言う単語はもともと「部分」という意味であり、「議会(パーラメントparliament)」は「おしゃべりをする」と言う意味の単語である。したがってパーラメントは「イギリス国教会の信仰者」や「産業資本家」その他、それぞれグループが、楽しくおしゃべりするパーティーであった。その中でこれら二つがイギリスの「トーリー党・保守党」と「ホイッグ党・自由党」の前身である。

 

 これらの2つのパーティーは「おしゃべり」だけでなく、やがて政治活動をし、政権を狙うようになった。そして政権を奪取するために、第1に政党規約を、第2に全国組織を、第3に「政治綱領(program)」<今日のマニフェスト(manifesto)>を作り選挙戦に臨んだ。現在ではどこの国のどの政党も、この方式を取り入れている。

 

 他方で「議会制民主主義」は3つの原理、第1に自由討論の原理、第2に国会議員は全国民の代表として自己の良心に従い、第3に多数決によって結論を得るという3原理を基本としている。しかしこの政党のあり方からして、議員は「政党規約」と「政治綱領」に縛られ、自由討論に徹することはできない。また国会議員は、全国民の代表ではなく「政党の全国組織」の代表としての良心に従う。

 

 党員は、これらに反すれば次の選挙で公認を得られない。したがって議会制民主主義の3原理のうち「多数決」が残るだけである。ここに金権政治体質ともなりがちだが、何よりも議会の意義が薄まる。したがってマックス・ウェーバーは「結論は与党の意見に最初から決まっているゆえ、国会は詐欺、これが言い過ぎならば茶番劇だ」と批判した。たしかに一方で「政党政治の発展」が「議会制民主主義の発展」に寄与したが、他方でこのように政党政治の発展により、「議会制民主主義」が形骸化した。

 

(2)個人主義と社会共同体の結合の「一般意志」と大衆迎合政治(ポピュリズム)

 では本来の「自由討論」や「良心に従う討論」、そして「多数決」によって得られるはずの結論は何か。それは個々人の「個別意志」でも、それらが総合された「全体意志」でもない。ルソーが主張した「一般意志(volonté générale)」である。これは「社会共同体」を前提として、この共同体が当然に持つはずの意志だ。これが3原理に従う議会で明らかになる。それゆえ多数決で決まった結論には、多数派も少数派も全員が従うべきだと言うことである。

 

 さて議会制民主主義は、「身分・職分」に縛られた封建体制下の「社会共同体」が崩れ、「個人の自由」が尊重される社会となって生まれた。しかしその運用は、このように「社会共同体」を前提とする。つまり本来の議会制民主主義は、片足は「個人主義の自由主義」に、もう片足は「共同体原理」の上に乗せている。

 

 ところがどこの国でも現実には「議会制民主主義」を、もっぱら「個人主義的自由主義」的に解釈してきたから、ここに民主主義の形骸化が進行する。この一方的な解釈ゆえに、国民は国会を自分達の利益追求の場と考え、それぞれ「利益者集団」をつくり、自分達の代表を国会に送り込む。こうして社会は「共同体」ではなく価値観を異にする「多元化社会」に分裂してきた。民主主義は「組織化された大衆民主主義」に変質し、議会は「パイの分奪り競技場」と化した。

 

 このような社会においては「利益者集団」に入れず、その恩恵に与れない人々や、そのために格差社会の底辺で困窮する人々は不満を募らせる。さらに自分達の不遇の要因を探し始める。そして政治家は、この傾向をすばやく読み取り、彼らの不満の対象や捌け口となるべき「生贄」を見いだして喧伝する。

 

 たとえば、かつてのヒットラーによる「ユダヤ人」、最近ではイギリスにおけるEUつまりEUによる外国人の入国である。小泉内閣の「官から民へ」も、フランスやドイツの最近の右翼政党の躍進も同様な傾向から生じた現象である。いわゆる大衆迎合政治(ポピュリズム)」は、このように社会に不満を抱く人々を、自党のために煽動し利用する。

 

(3)二大政党の時代錯誤と官僚政治および合従連衡政権

 議会制民主主義に対する国民のもっぱら「個人主義的解釈」から、人々は自分達の利益のために、国家に多種多様な要請をし、国家や政治はこれに応えなければならない。それゆえ、前々回に述べたように、政治は「官僚政治」となり、「合法性と正当性の混同」、「最小費用最大効果」でなく「省益・庁益・局益の優先」さらには「情報操作」などの弊害が生まれている。

 

 日本ではこうした「官僚政治」や「与党のマンネリ化」および「政官癒着」を打破するために、政権交代可能な2大政党を創出しようとして、「選挙制度」を改定した。しかし古来から「八百万の神」に培われた日本人のエートス(習性)は、強いリーダーシップを容認しない。それゆえ2大政党は成立し難い。これは「神のもとにおける平等」のカソリックが支配的であった国々のエートスや「合従連衡政治」と似ている。

 

 これに対してプロテスタントの「神に選ばれた者だけが救われる」は、強いリーダーシップを容認する習性を産み、2大政党を成立させた。しかし前々回述べてとおり、ここでも今日の価値の多様化に伴い、しばしば「合従連衡政権」となっている。

 

(4)独裁政治の誕生か!

 さて官僚政治をコントロールするためのもう一つの手段として、安倍政権は内閣官房に、中央省庁の幹部公務員約600人の人事を取り仕切る「内閣人事局」を設置した。その結果、すべての公務員の人事権を握ったと同じ効果を発揮している。しかしこれも前々回述べたとおり、それが官僚の「忖度政治」をもたらし、「合法的手段」「最小費用最大効果」「情報の公開」と言った本来の「公務員の責任倫理」が果たされなくなってきた。

 

 そればかりか、この人事制度が「与党独裁」ならぬ「首相独裁」の「忖度政治」を生み出している。森友および加計問題に見られるとおりで、これに対して官僚も与党議員も反対できない。実はかつて毎日新聞連載の「アーノルド・トインビーと若泉敬との対談」(若泉敬『未来を生きる----トインビーとの対話』毎日新聞1971年)において、トインビーは「もう民主主義はお仕舞いであって、このままだと独裁制が登場する」と主張した。

 

 また本誌7月上旬号で述べたとおり、ドイツの歴史家シュペングラーも、2200年頃までにカエサルが登場すると予測した。ちなみに若泉敬氏は、沖縄返還に際して、佐藤栄作首相の密使として「基地と核」に関する密約に関わった。しかし後にそのことを悔い、自ら命を絶って沖縄に詫びた学者である。

 

 さて、たしかにトインビーやシュペングラーの悲観論も、ここで見てきた民主主義の経過から理解できる。しかし、これはいささか早急すぎる結論だ。これまで述べてきた議会制民主主義の欠陥が、すでに1960年代のヨーロッパで反省され、これを補う制度がヨーロッパ諸国全体に広がっている。それらは国によって多少の違いはあるが、一般に「経済社会協議会」と言われる制度である。

 

(5)社会的協調行動「経済社会協議会」

 これは、議会制民主主義下で「利益者集団に分裂した社会」を調整し統合するのに、議会でなく「利益者集団の直接参加」による方式である。たとえば使用者団体の代表、労働組合の代表、消費者団体の代表、環境問題の代表、金融界の代表その他多くの代表が一堂に会して、「公開の場」で重要な経済社会問題について議論して結論を出す。国会のような期限(会期)も設けずに、それぞれの立場から資料を提出して徹底的に討論する。この方式により「集団エゴ」と「立場の相違からくる認識の不一致」とを克服して、「事物の論理・妥当な見解」を支配させることができる。

 

 こうして社会共同体の利益と各集団の利益との調和をはかる。ただしこれは選挙を経た国民の代表機関ではないから、決定する権限はない。したがってこの機関の結論を単に議会に上程するほかはない。しかし住民にオープンにされた協議を経たこの結論に対して、議会はよほどの根拠がない限り反対できない。したがって国会の議論が、たとえかなり問題でも、自由討論に徹しなくとも、その欠陥をこれで補うことができよう。

 

 中世までの共同体が崩壊し、近代人は一度「個」に徹したが、人間はそうした冷徹な「バラバラな人間関係」には耐えられず、再び組織集団を結成してきた。したがって組織を解体して「徹底的な個人主義の社会」にすることは出来ないし、正しくもない。問題はこの組織が、社会共同体を自覚せずに、自分達の利益を至上目的としていることだ。経済社会協議会による以上の様な「社会的協調行動(コンサート方式konzerzierte Aktion)」が、集団エゴとその対立を克服し、議会制民主主義の欠陥を補う。

 

 どんな集団も自分達の利益を捨て切ることはないが、しかし社会共同体意識をまったく持たない集団もない。ここに社会的協調行動が成立する。ヨーロッパ諸国では、このような「経済社会協議会」を、市町村レベルから、州のレベル、さらに国家レベルおよびEU全体のレベルにおいて、それぞれ導入している。そしてこれに参加する組織集団の数も極めて多く多様である。こうして官僚政治や忖度的な独裁制を克服している。

 

(6)地方分権化と中央省庁の分散

 これに加えてEUは「マーストリヒト条約」(1992年)によって、「補完性原理(subsidiarity)」に基づく「地方分権化」を締結し、EU全体がこれに取り組んだ。家族や地方自治体など「小さな単位」で可能な業務は、それに任せる。大きな単位でなければ、不可能なものや非効率なものだけを、州や国やその上のEUの行政が遂行する。この補完性原理に基づいて、2万ほどの法律を一気に改定して地方分権化を進めた。こうして中央集権体制や官僚政治を防ぎ、「支配者と被支配者の一致」という民主主義の本来の在り方を追求している。

 

 日本もこのような「コンサート方式・経済社会協議会」と「補完性原理・地方分権化」の導入により、議会制民主主義の形骸化を防ぐことができよう。加えて中央省庁をすべて、各県に分散することにより「地方の活性化」を促し、同時に「地方の人口減少」を抑えて「地方分権化」を確実にすることができる。ちなみにかつての西ドイツでは、首都のボンには国会が置かれただけで、省庁は各州に分散された。インターネットやテレビ電話の今日では、このような官庁の分散に、何らの不都合もないはずである。

<本稿は日本経済協会掲載の拙稿『コンパス9月下旬号』を加筆修正した論文>