(1)国連の「持続可能な開発目標」とESG投資(社会的責任投資)
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最近の日本の大手企業の不祥事を思うにつけ、新年に当たり、敢えてこのコラムを掲載したいと思います。
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開発アジェンダの節目の年の2015年、国連本部における「国連持続可能な開発サミット」において「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals<SDGs>)」が採択された。ここには世界が目指すべき次のような17目標が挙げられている。
(1)貧困をなくそう (2)飢餓をゼロに (3)すべての人に健康と福祉を
(4)質の高い教育をみんなに (5)ジェンダー平等を実現しよう (6)安全な水とトイレを世界中に
(7)エネルギーをみんなにそしてクリーンに (8)働きがいも経済成長も (9)産業と技術革新の基盤を作ろう
(10)人や国の不平等をなくそう (11)住み続けられるまちづくりを (12)つくる責任、つかう責任
(13)気候変動に具体的な対策を (14)海の豊かさをまもろう (15)陸の豊かさを守ろう
(16)平和と公正を全ての人に (17)パートナーシップで目標を達成しよう
これを受けて株式などの投資も、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の英語の頭文字をとって「ESG投資」が叫ばれるようになった。このESG投資をする「国連責任投資原則」に、世界の年金基金や運用会社など約1800組織が署名した。
実は「ESG投資」に類似した投資として、2000年ごろから「社会的責任投資(SRI<Social Responsible Investment>)」が活発となった。それはイギリスの年金基金が、年金法を改正して総資金の24%をSRIとしたことが皮切りとなったからだ。これに続いてドイツやオーストリアなども、同様な年金法改正を行った。そして05年時点で世界全体の「SRI」は全株式市場の7.5%に当たる350兆円となり、13年には13.26兆ドル(約1326兆円)、14年には全株式市場の約半分の21.36兆ドル(約2328兆円)にまで膨拡大している。
この投資は「法令遵守(コンプライアンス)」を実行し、「環境に配慮した生産・運輸・サービス(ISOシリーズのクリア)」を行い、「慈善活動(フィランソロピ-)」や「芸術・文化貢献(メセナ)」に参加しているなど、社会的責任を果たしている企業に対する投資である。
このSRIは、このような「環境、社会、企業統治」にいっそう積極的な企業に対する投資として、16年には「ESG投資」という名称が一般的となり、それが22兆8900億ドルに達している。全世界の資産運用残高の約3割がESG要素を考慮し、とくに欧州では6割を占めていると言われる。これに対して日本の投資は、14年の「SRI」が8500億円(70~75億ドル)で、日本株式総額の0.16%ほどにすぎなかった。
しかし16年は日本の「ESG投資」も4740億ドル(約51兆円)と、急拡大している。それでもこれは世界のESG投資総額の2.5%弱にすぎない。日本におけるこれら投資の割合が小さいのは、日本企業において「SRI」や「ESG投資」の対象となる大手企業が少なく、また投資信託などの運用会社や金融機関もこれを重視してこなかったからであろう。
いまや世界ではESG投資に関連して、少なからぬ機関投資家や金融機関が企業に「環境対策」の公表を要求している。そしてESG評価の高い企業だけを投資対象とし、あるいはその企業に対する投資比率を高める。具体的には社会問題や環境問題に対する積極的な企業に対する投資(インパクト投資)、さらには持続可能性に関するテーマを重視している企業に対する投資(テーマ投資)などである。加えてESGの視点から問題のある企業を、投資対象から除外する動きもある。
(2)日本の大手企業および投資家の意識改革の要請----年金基金の変容
先の数字からも明らかなとおり、日本の企業とくに大手や財界ならびに投資家の意識の低さは、歴然としている。トランプ大統領に象徴されるように、商業主義の傾向が相対的に強いアメリカでさえ、SRIは05年時点ですでに274兆円に達していた。日本は既述のとおり14年でも1兆円に満たなかった。
日本の大手企業や投資家および運用会社や金融機関の意識のこのような低さが、企業の不祥事に繋がっている。この10年ほどだけでもカネボウ、オリンパス、東芝、日産、スバル、神戸製鋼、富士ゼロックス海外販売小会社、三菱マテリアルの子会社、東レの子会社、商工中金その他の粉飾決算、不正会計、検査データー改ざん、検査資格のない社員による検査、不正融資等々の嘆かわしい事態である。
ところで日本の「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」は約157兆円の資産を持ち、そのうちの24.4%の38.3兆円弱を国内株式に運用している(表1)。これと日銀の同様な運用を合わせると54兆円ほどとなり、これらの公的資金が東証1部上場企業2000社の約3分の1の618社において筆頭株主となっている。このように年金基金は株式市場に絶大な影響力を持つ。
そのGPIFがようやく運用方針を変更して「ESG投資」を増やすと言う。これまで国内株式投資のうち約1兆円をESG投資としてきたが、これを3兆円ほどにし、また株式だけでなく債券などに関してもこの投資を広げると言う。
(表1)17年の年金基金の運用資産別の構成割合(年金基金全体 %)
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総額 |
国内債権 |
国内株式 |
外国債券 |
外国株式 |
短期資産 |
合計 |
4~6月期 7~9月期 |
149兆1987億円 156兆8177億円 |
30.48 28.50 |
24.41 24.35 |
13.53 14.02 |
23.91 24.03 |
7.67 9.10 |
100.00 100.00 |
(出所)GPIF運用状況報告
とりわけ年金基金のような基金による株式への投資は、短期的な利益ばかりでなく、企業の持続的な発展を見極める必要がある。それゆえGPIFも先進国なみとまでいかなくとも、環境や女性の活躍、社会貢献などの評価が高い企業を選ぶことが重要だと言う認識を強めたと言えよう。GPIFの投資は株式市場に対する影響力が強いだけに、このGPIFの方針転換が、日本の企業や株式投資に与える効果を期待したい。
(3)企業の社会的責任-----経営と道徳の一致
企業は決して経営者や株主のものではなく、本来的に社会的なものである。それは従業員、顧客、取引先、地域社会などすべての「関係者(ステークホルダーstake-holder)」の企業である。したがって「公共生」を自覚し、先の「持続的な開発目標」とも無関係ではない。否むしろ積極的にこれに関わるべきであるから、「ESG投資」の対象となるような企業、「社会的責任」を果たす企業でなければならない。
そのためには企業は第一に、「内部統制システム」を構築して、企業の行動および経営の透明性を高めることが重要である。これによって効率を追求し利益を上げることができる。80年代の「Japan as number one」と言われた日本企業は、この点では世界のお手本であり、ここから「ステークホルダー社会」とうイギリスの標語が生まれた。
当時のブレア政権は、イギリス社会も「ステークホルダーがみな参加して、自分達の利害を他人任せにしない」ところの「日本企業」を見習おうと言うことであった。しかし残念ながら90年代後半から日本企業も、リストラやアメリカ方式の経営の模倣で、このような企業体質でなくなっている。しかし、もう一度80年代の日本企業に戻らなければならない。不正会計や粉飾決算あるいは不正融資などは、企業の透明性や企業統治の欠如から生じている。
企業は第二に、「製品の安全性」に配慮し、顧客の信頼を高める日常的な努力が不可欠である。製品の影響力は、その範囲と深刻さの双方で大きくなる一方だ。したがって最近の例に見られるとおり、ひとたび粗悪品を出したら、企業の存続が不可能もしくは危ぶまれるケースとなる。企業は製品の品質管理を、これまで以上に徹底しなければならない。
企業は第三に、「自然環境に対して厳格に配慮する経営」が求められる。従業員や地域住民を、地域汚染や環境破壊さらには工場事故・危険物流出などによって苦しめてはならない。効率の追求と同程度か、否それ以上に「安全な工程」「温暖化や河川・湖沼・海洋汚染の防止」を重視すべきである。また土壌を重金属などで汚染しない製造、物流、販売を心掛けなければならない。したがって企業も工場も「環境配慮基準<ISOシリーズ>」をクリアしなければならない。すでにこれを無視する企業の製品は、国際市場からボイコットされる事態となってきた。
企業は第四に、これらを総合して何よりも自社を存続させ、従業員の生活を安定させると言う社会的使命を負う。雇用リストラは、企業存亡のやむを得ない場合以外は慎むべきである。最近の大手の中にはリストラによって過去最高利益を上げている企業もあるが、これは社会的責任を放棄している。また早晩リストラが不可能となるから、このような利益は続かない。
同様に下請けなど中小企業に対して、不当な部品・製品納入価格の切り下げを強制するなど「下請け泣かせ」による大手企業利益にも、限界が見えている。これも改めるべきである。
要するにどんな企業も、社会的責任を果たすことにより「経営と道徳の一致」「企業の倫理化」を追求するところの「ステークホルダー企業」であるべきだ。現在の日本における企業経営や株主は、この点の自覚が希薄となっていると思われる。
他方で政府の統計や首相の主張のように、たしかに日本全体の「企業利益」が過去最高を更新し、また「総雇用者所得」も増えている。しかしそれは、①円安による大手の「円換算利益」の膨張と、②1億円以上の大手役員が530人に達するほどに、最上層部の所得が膨大となっていること、③生活苦による年金受給就業者の増加などによる。要するにいずれも、企業および社会の格差拡大の結果でもあり、望しい姿ではなく限界も明らかである。