AIは世界経済にとって吉か凶か            大手企業はなぜ研究開発・新設備投資に消極的なのか

(1)世界に後れをとる日本大手の研究開発

 最近「第四次産業革命」という言葉が目につくが、これはドイツが2011年から打ち出している技術戦略「インダストリー4.0」を日本語化したものだ。今までは人間が機械を調整していたのに対し、第四次産業革命では人間の代わりに「AI(人工知能)」が機械を自動制御する。

 

 このAIとは、人間と同じ知能を、人工的にコンピュータ上で実現させ、あるいはこれを組み込むロボットなど、そのための一連の基礎技術である。将棋の対戦ではAIがプロ棋士に勝利した。また2013年には「国立情報学研究所」や「富士通研究所」の研究チームが開発した「東ロボくん」が、大学入試センター試験と東大の2次試験の問題を解読した。その結果は、私立大学に合格できる水準であった(代々木ゼミナールの判定)。

 

 未来学者レイ・カーツワイル氏は、自著で「圧倒的な人工知能が知識・知能の点で人間を超越し、科学技術の進歩を担い世界を変革する技術的特異点(シンギュラリティ)が2045年にも訪れる」と発表した。他方マイケル・オズボーン教授は、AIの進歩により後10年で消える仕事として、スポーツ審判員、集金人、レジ係、測定技術士、データ入力員、不動産ブローカー、ホテルの受付、銀行の融資係などをあげる。このように「新技術」が世界的に広がっているが、そうした傾向に反して、日本企業の研究開発費の伸びが海外企業に劣っている。

 

 2017年までの10年間の「研究開発費」の伸び率を比較すると、アジアの4.1倍、米国の86%増に対して、日本は12%増だ。日本企業は事業の「選択と集中」で効率を高める反面、パナソニックやソニーその他大手が研究開発費の世界ランキングで順位を大きく落とした。AIなどIT(情報技術)分野で、米国勢やアジア勢が投資を飛躍的に増やしたが、日本企業は、必ずしも積極的でない。なぜか。

 

(2)機械設備導入のコスパ問題----大手企業は開発よりM&Aへ

 これに関してはいくつかの理由があるが、第1にこれらの開発には巨額のコストがかかり、コスパ(費用対効果)が問題だということであろう。また人口減少から、国内の需要に限界が見通される。したがって日本の内外で効率の良い企業を合併・買収した方が、コスパが合うという算段で、17年度のM&Aは、12年ぶりに過去最高となった。
 たとえば最近の「武田薬品工業」のM&Aに見られる通りだ。武田はこれまで米ミレニア・ファーマシューティカルズ、スイスのナイコメッド、米アリアド・ファーマシューティカルズなど5千億円を超える大型買収を3度手掛けた。そして今回はアイルランドの製薬大手シャイアーのM&Aを検討しているが、これは6.8兆円規模のM&Aだ。

 

 もう一つ「研究開発」に消極的な理由は、これまでの経営から新技術やその機械を導入しても、それに伴う生産性の向上が見られず、むしろ「投下資本利益率」がその分だけ減少する傾向ゆえだ。次表の「労働装備」は「従業員1人当たりの機械の量(金額)」、「労働生産性」は「従業員1人当たりが創出した付加価値額」である。対象は約2.7万社で、85年度が100の指数である(財務省『法人企業統計年報』各号より算出作成)。

 

(表1)労働装備・労働生産性・人件費の推移(85年度=100の指数) 

 

 

90

95

98

02

10

13

14

15

16

労働装備

労働生産性

人件費

141

129

132

192

132

161

202

128

161

200

128

162

176

119

165

183

122

164

181

125

160

180

128

163

175

128

166

 

労働装備率・労働生産性・人件費(役員手当、福利厚生費を含む)

 これによると98年度には「労働装備」を過去最高にしたが、労働生産性は95年度より下がった。02年も労働装備を上げたが同傾向だ。要するに従業員1人当たりの機械金額を増やしても、生産性は上がらないから、その分だけ利益率が減少する。他方で人件費は少しずつ増加傾向だ。この状況から最近では、労働装備を、ピーク比25%も落としている。大手企業が高収益の割に、設備投資をあまり伸ばさない理由もここにある。しかし「技術と経済・企業発展」の関係を、長期的に見ることも重要である。

 

(3)資本主義経済の長期波動と技術革新

 経済の質的発展をもたらす「大きな技術革新」は、ほぼ50~60年の周期で生じ、これにともなう景気変動をもたらす。それは1926年にコンドラチェフが発見したことから「コンドラチェフの波(Kondratieff cycles)」といわれる長期波動である。

 

(図1)技術革新による景気変動(コンドラチェフ波動)

 この波動の第1段階は1760年代からの、イギリスの産業革命による技術革新からはじまる。ここでは紡織技術と、織られた布を脱色するための無機化学技術が生まれ、さらに動力は家畜や水車など自然の力でなく、蒸気を利用する技術となった。これらの技術と結びついた産業が1780年代からの世界的な経済拡張期をもたらした。しかし、その効果が波及しつくした1820年代からは経済停滞期となり、これが19世紀の中ごろまで続いた。

 

 長期波動の第2段階は、ドイツで生じた第2次産業革命の技術革新である。それは1860年代にはじまる製鉄業と、布の染色のための有機化学産業をもたらし、また動力も電力が主流になった。これらにより世界経済は1875年ごろまで拡張を続ける。しかしその後は、技術革新の効果が及ばない経済停滞期となり、それが1890年代中ごろまで続いた。

 

 第3段階の長期波動は、ハードな技術よりは1890年代半ばからの「植民地経営」というソフト技術である。シュムペーターの5つのイノベーションのうちの「新販路」や「新しい原材料供給地」の発見である。これらにより世界市場は著しく拡大したが、この拡張も第一次世界大戦の勃発を契機に終焉した。ちなみに第1次世界大戦の根本原因は、イギリスの植民地体制に対するドイツの割り込みであった。

 

 第4段階の波動は、第二次大戦後の「オートメーション」「エレクトロニクス」「高分子化学」などの技術によるが、これらはいずれも戦争遂行のために戦時中に開発された技術である。それが戦後に民生用の産業に転化された。たとえばビニロンやナイロンは、軽くて水にも強い軍服のために開発された技術だ。さらに動力として原子力が広まった。これらによって戦後の経済復興がプッシュされ、1960年代中葉まで世界経済の拡張が続いた。

 

 しかし、この頃すでにアメリカは、生産力の拡張に消費が追いつかない「成熟飽和経済」となり、ドイツも60年代末に、そして日本も70年代後半に同様な経済へ。この不況圧力の排除のために、アメリカは軍事産業に、ヨーロッパ諸国は労働時間の短縮へ、日本経済は輸出にシフトしたが、しかし世界経済は全体として60年代から80年代まで長期停滞を余儀なくされた。

 

 第5段階は1980年代後半から始まったが、とりわけ90年代に世界的に広まった「IT・情報産業技術」と「遺伝子化学技術」による。IT技術はコンピュータのハードおよびソフトの両産業とあいまって、00年ごろまで世界経済を大きくプッシュした。しかし00年にはいわゆる「コンピュータ・バブル」が崩壊し、コンピュータによる世界経済の上昇期は一端頓挫した。

 

 このバブルの崩壊を機に、コンピュータのハードは中国をはじめ途上国へ、ソフトはインドを中心とする途上国へと分散し、世界経済を下支えしている。そして、さらにAI技術をもたらした。他方で遺伝子化学技術も80年代後半以降、世界経済を突き動かしたが、これはバブル的な状態とはならず、00年以降の不況下でも着実な展開を見せている。

 

 この「コンドラチェフの景気波動」からすると、最近のAI技術は、第6段階の景気波動の突入であり、今後20年余りの景気上昇が期待できる。しかし他方でAI技術が、世界的に失業の増大をもたらし、1930年代と同様な慢性不況をもたらす恐れも否定できない。いずれか見通しが難しい。

 

 さて先に述べたように、日本の大手企業が研究開発に消極的なところから、日本のイノベーション力はかなり低く、16年のイノベーション力は主要国のなかで20位であり、生産性は22位である(欧州イノベーションスコアボード)。また海外進出のM&Aも8割超が失敗だといわれる。確かに大手企業に限ると、一方でこのような悲観的な側面もある。しかし他方で評価されるべき面も少なくない。

 

 とくにスマホから宇宙ロケットまでの「中小企業の適応力」はすばらしい。たとえば視聴率20%超えの大人気ドラマ「下町ロケット」は、大田区の町工場がモデルだ。日本には様々な老舗町工場があり、それらが大企業に優るとも劣らぬ技術を開発し、世界に発信している。問題は、これらの中小企業の承継者問題である。これらの中小企業とその技術力を継承し発展させる政策が、焦眉の急となっている。