文明の危機と日本の針路

新拙著、田村正勝『文明の危機と日本の針路----希望に繫がる人・企業・社会・政策』

(西海出版、202012月)の序文と目次です。 

(序文)

 今回の新型コロナウイルスのパンデミックや世界的な蔓延により、多くの人々に不安感が広がり、さらには近代文明に対する危機感も広がり始めている。たしかにコロナ禍ばかりでなく、近年の異常気象や自然災害の多発を考えると、ある面で、現在の文明全体の危機を感じざるを得ない。

 近代文明は1718世紀にイギリスを中心に展開され、その合理性ゆえに世界中に広まった。合理主義に基づく近代化が「科学技術の展開」「工業化の進展」「政治および社会の民主化」を推進して、人類に多くの恩恵をもたらした。

 しかしこの展開は、生態系をはじめとする幾つかの破壊を伴ってきたが、そのマイナスが近代文明のプラスを凌駕するほどになっている。すでに20世紀の初めにシュペングラーが、後半にはトインビーが、民主主義の終焉や戦争の頻発によって、21世紀末~22世紀において近代文明は終焉すると予測した。

 翻って現状を見ると、生態系の撹乱と、それによる酷暑と極寒、自然災害などが頻繁に生じている。また「議会制民主主義」と「市場システム」の双方の「社会システムの機能不全」も頻繁に見られる。北側および南側の双方の民主主義国家において、首をかしげたくなる政治指導者たちや、彼らによるプロパガンダ政治、ポピュリズムの台頭、異常なナショナリズム、人種差別、様々なハラスメントなどが日常的になってきた。

 他方で市場システムによる自由経済も、国内の人々の「所得格差」を著しく拡大させ、同時に「自由貿易」が世界の所得格差を拡大させた。それゆえ8億人が飢餓にちかい状態となっている。この自由経済と民主主義の機能不全とが背景となって、諸国間の武力行使や、国内の武力紛争とテロも頻繁に生じている。加えてこうした「社会システムの機能不全」から、人々や企業のモラルも低下してきた。

 わが国においても、国内の武力行使こそないが、文明の危機に繫がる問題は山積状態だ。

先進諸国中でアメリカに次ぐ大きな所得格差、30年も続く消費不況、頓珍漢な景気政策やコロナ対策、トンネルや橋梁をはじめとする社会インフラの耐用年数経過と未補修、世界でトップの「少子高齢化」とその不十分な対策、食料自給率の異常な低下、大手企業をはじめとする企業モラルの欠如、若者の悪しきナショナリズム傾向、アメリカ追従の外交政策、20年には世界で5番目の軍事大国となった危険な防衛装備、首相独裁的政治と忖度官僚政治など、挙げればきりがない。

 これまで地球上には、多くの文明が生じ、そして崩壊したが、その崩壊の要因はいずれも「生態系の撹乱」「社会システムの機能不全」「モラルの退廃」の3つの複合汚染であった。現在の近代文明も、この複合汚染に覆われてきた。わが国も同様である。したがって今までと同じ歩みを進めれば、文明は崩壊する。しかし、それとは別の方向に歩みだせば、文明崩壊の悲劇を回避して、新たな文明の創造に向かうことが出来る。近代文明は現在、このような「文明の分岐点」の「危機」に差し掛かっている。

危機(crisis)という語は、元来ギリシャ語の「分岐」を意味する「クリノー(κρίνω)」に由来するが、批判を意味する “criticism ”や“Kritik ”も、同様にギリシャ語のクリノーに由来する。近代文明の破局を回避するために、近代文明を徹底的に「批判」し、新たな方向に歩みださなければならない。ただし悲観や焦燥に駆られるべきではない。なぜなら、この歩みだしが、すでに始まりつつあるからだ。

本書はその方向をいっそう明らかにし、さらに進めるために、人間存在の在り方、企業および社会の適切な方向性を明らかにする。そして現在の政策や制度の誤りを追及して、それに替わるべき政策と制度を明示するものである。なお掲載表に関しては、出典を明記していないかぎり、官庁および日銀の発表数値より作成したものである。

    二〇二〇年八月     異常な酷暑に喘ぎながら記す。    著者

                                     

 目次 (章、()は中見出し、・は小見出し)

(1章)近代文明の危機と希望の光 

(1)近代文明の明暗および人と社会

・シュペングラーの予言と3つの複合汚染 

愁いの力と連帯の力---「共生」に目覚る機会 ・「分厚い今」を生きる---「特殊時間」と「普遍時間」

(2)生命の根源的な力 

・仏教も神学も哲学も「ここで今」を説く ・いつも心に太陽を、唇に歌を! 

(3)自己と社会の変革の可能性 

人間の遺伝子はほぼ同じ---スイッチ・オンの違い 

・4つの「自覚的な付き合いと愛」でオンとオフ

 

(2章)近代文明崩壊の回避を探る 

(1)人間は「脱自―存在」----橋を渡る存在     (2)人間の不完全さの忘却 

(3)道徳の回復と経済主義の超克 

・近代社会の歩み—-法と政策の導入および道徳の回復 

「自由」と「誇り」および「人格」の揺らぎ 

・過去・現在・未来に対する責任と道徳 

理念的な思考の回復---宗教の意味と影響の熟慮

 

 (3章)生態系撹乱・自然破壊の現状と温暖化対策 

(1)生態系の撹乱と危機に瀕する自然 

2)生物の変容および温暖化と自然災害 

(3)世界の温暖化対策と日本の遅れ----ESG投資の急拡大 

(4)温暖化対策・環境重視に目覚めはじめた日本の企業と社会 

・産業界の自覚的動き

   ・再生可能エネルギーで「地方創成(生)」と「経済成長」---再エネの地産地消

 

 (4章)国土と文明を護る農業の新展開---温暖化で深刻 

(1)農業の衰退と文明の崩壊

   (2)日本農業の危機と最低の自給率--ミニマムアクセス米・減反・輸入自由化

    (3)深刻化する世界的な農産物不足と耕地の死滅 

 ・飢餓人口の世界的増加 

 ・悪循環に陥る農業の「工業的経営」---「地味」を奪った農政

  ・近代科学技術の落とし穴---飲料水にも赤信号のEU諸国 

(4)日本農業の見直しと期待 

  ・農業への新規参入者と農産物輸出 

  ・「6次産業」および「農業法人」の可能性と陥穽

 

(5章)所得格差の拡大が引き起こした「世界の揺らぎ」  

(1)所得・資産格差の拡大----世界と日本 

・日本の「家計金融資産」の偏在---GDPの3・5倍の金融資産

・所得格差助長の「あべこべ税制」----40万件の海外口座情報

(2)所得格差とトランプ関税およびブレグジット----プロパガンダ政治の背景

(3)日本の所得格差と若者の不健全なナショナリズム傾向  

・経済ナショナリズムが引き起こした「所得格差・消費不況」 

2025年周期の日本の近代化----国際化とナショナリズム 

(4)歴史的事実および「人と故郷」について熟慮を! 

郷友会と民族および民族国家    ・「ふるさと」の蹂躙------日本の倫理的責任

 

  (6章)日本の「格差不況」と中小企業の激減----変革の方途は!  

  (1)不公正な産業構造と賃金低下および家計消費の減少 

 ・不公正な二重産業構造に拠る消費不況 ・先進諸国で最低の賃金および労働費用 

  (2)中小企業100~150万社減少----技術継承と雇用確保の危機 

 ・産業の土台を蝕む中小企業数の激減 

 ・「二重産構造」の変革が不可欠----中小企業の「拮抗力」を! 

  (3)所得格差の世界的拡大と自由貿易主義の反省----秩序ある自由貿易 

  ・半ばの勝利と正しい輸出  ・諫争自爆か

   

   (7章)インフラの老朽化と少子高齢化----いかに対処するか! 

    (1)社会インフの老朽化と難しい補修費の捻出 

   ・耐用年数を超える橋梁・トンネル・水道管・高速路路 

   ・インフラ整備の地方財源不足----空き家849万戸と空き地1・4倍へ

   (2)近代文明と少子化----スウェーデンとフランスは婚外子50%で克服

   (3)日本の4大課題-----少子化、労働力不足、失業増大の危惧および生態系維持

   (4)地方創成に貢献する省庁の地方移転と地方分権化 

   ・経済効果が大きい省庁の分散----地方分権化と補完性原理 

    ・地方行政の広域連合---市町村合併の弊害を補う

  

   (8章)廃棄すべき日銀の「あべこべ金融政策」-----不況の後押しと危険性

   (1)日銀のマイナス金利策と金融機関の苦悩-----銀行の収益激減とリストラ

   (2)保険業界と「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」の苦境

   (3)弊害が大きい「日銀あべこべノミクス」-----円安至上主義が景気回復の妨害

   (4)危惧される日銀のバランスシート------異常な金融緩和策で膨張

 

   (9章)公正な税制への改革と社会保障----2000万円貯蓄なしでも安心へ

   (1)所得格差の拡大----税制・日銀策・GPIF運用のあべこべ 

   (2)高所得者と大手企業に増税を!----所得税および資産課税の低すぎる累進性 

   (3)低すぎる大手企業の法人税--大手減税の「あべこべ税制」 

    ・外形標準課税策のあべこべ ・大手の「法人税実効負担率」は中小企業の半分以下 

   (4)財政赤字の対処と地方創成(生)策 

    ・先進諸国で最悪の借金財政----GDPの2倍超 

    ・行政に頼れない「地方創生」---「カジノ法」のお粗末 

    ・所得格差の拡大と海外資産隠し----40万件の海外口座と株価つり上げ 

    ・相続税・譲与税免除の無利子100年国債----累積赤字の解消と社会保障の拡充   

 

10章)どう克服するか!----「政策」および「官僚」の忖度と「学」の未熟

   (1)アメリカの要求による日本経済の混乱----バブル経済と年次改革要望書

   (2)財政赤字の要因と未熟な学問-----政策も学問もアメリカ従属  

    ・日米構造協議に踊らされた歴代政権  ・未熟な現代貨幣理論(MMT) 

   (3)省庁の杜撰な統計と官僚制度の問題 

    ・合法性と正当性の混同 ・省益・局益と忖度および責任 ・官僚制度の欠陥と国民の自覚

 

 (11章)独裁政治を防ぐ経済社会協議会と地方分権化---議会制民主主義と政党政治の本質

 (1)宗教とエートスおよび国民性と政党政治 

   ・カルヴィニズムと個人主義的自由

   ・民主主義政治の2つのパターン----二大政党と小党の合従連衡 

(2)議会制民主主義の成立と形骸化 

(3)「一般意志」の軽視と大衆迎合政治(ポピュリズム)

(4)二大政党の時代錯誤と合従連衡政権----忖度・独裁政治の回避 

(5)社会的協調行動「経済社会協議会」と「補完性原理・地方分権化」

 

 (12章)情報化技術による自由の喪失と文化の退廃----新たな「人間疎外」に直面

  (1)「遠隔通信」と「シロアリ社会化」---イントラネット、メディアレイプ 

  (2)情報の洪水に押し流される人と文化 

  (3)思いやりの希薄化と孤独 

 ・イギリス・アメリカ・日本の孤独と自死の悲劇---不可欠な和顔愛語 

 ・テレワークとボランティア 

 (4)生きとし生けるものに対する思いやり----地球共同体意識の回復 

 ・コルベ神父とシモーヌ・ヴェーユの思いやり 

  ・宮沢賢治および「造化の厳粛さ」と「地球共同体」

 

 (13章)仕事と遊びのバランスの回復を!----人生を愉しむ伝統への復帰 

 (1)身も心も経済をも蝕むワーカホリック(仕事中毒) 

(2)成熟飽和経済の3つのタイプ------ヨーロッパは生活重視の価値観へ 

(3)人生をエンジョイする本来の日本人へ!

・人生を愉しむ日本の伝統と「宿世仏教」 

・儒教道徳と遊びのバランス-----繁栄を謳歌した巨大都市の江戸 

不可欠な「時短」による伝統への復帰

 

 (14章)全人的・総合的生活の回復とボランティア  

 (1)人間観の変容とホリスティック・ライフ 

 ・全人的総合的人間観 ・三位一体の人間の自覚 

 (2)「社会の政治化」「価値多元的社会化」「国家の社会化」の進展 

 (3)市場・行政・ボランティアの三位一体の社会 

 (4)ボランティアの特質と社会ビジョン