ワークライフ・バランスと生涯学習・人格の陶冶

世界経済の新原理と再構成

 ワーゲマンは「経済波動150年周期説」(『明日の世界』(1952年)を説いた。これによると世界経済は17501825年が上昇期、18251900年が下降期、19001975年が上昇期だ。上昇期は戦争、動乱、革命など社会不安が続いた時期で、経済成長率が高い。下降期には社会が安定し、新しい原理で世界経済が再構成されてゆくが、経済成長率は低いと言う。

 

     (ワーゲマンの)150年経済波動      *ワーゲマン説を参考に筆者が作成

期間

経済波動(循環)

政治的社会的状況

16001675

16751750

 

17501825

18251900

 

19001975

19752050

上昇期

下降期

 

上昇期

下降期

 

上昇期

下降期

30年戦争(宗教的・政治的諸戦争、16181648年))

30年戦争が終わり安定、 科学および技術の発展

英:大海洋国家、 仏:ルイ14世の黄金時代、

フランス革命、アメリカ独立、ナポレオン戦争

政治的社会的変革の終了、英:ヴィクトリア黄金時代、

ヨーロッパ:新黄金時代、市民社会の展開

1次および第2次世界大戦

東西冷戦終結、IT技術, 遺伝子操作技術の展開、SDGS

時短・ワークライフ・バランス

 

 この説に従えば19752050年は世界経済が新原理で再構成される期間で、成長率は低い。たしかに先進諸国の成長率は、80年代から下がり始め、9000年代には急減してきた。そして新しい世界経済の原理に関しても、最近はSDGSESG(環境・社会・ガヴァナンス)・SRI(社会的責任投資)が進展してきた。また「時短・ワークライフ・バランス」「自然環境」や「労働と人権」に関する国際的な取極め、ITに拠る新技術・経営方式やリモートワーク・ネットショッピングなどが展開されている。

 

 ところで世界的にコロナのパンデミック(大流行)が続いている。これがリモートワークをはじめ、IT関連の幾つかの新経営・労働傾向を促しているが、さらに今後の世界経済にどんな影響をもたらすか。ちなみにペストやスペイン風邪による人口減少で、「生産性の向上」を余儀なくされ、それが「産業革命」や「オートメンション化」に繫がったとも言われる。

 

ペスト(黒死病)は第一期541750年、第二期13311855年、第三期18551966年の3期のパンデミックを引き起したが、第二期ではイギリスやフランスでは人口の半分ほどが死亡し、ヨーロッパ全体でも人口の3分の1が死亡した。この人口減少で「生産性の向上」を余儀なくされ、それが産業革命に繫がった言う。またスペイン風邪(19181920年)により、世界で4000万人、日本でも38万人死亡している。

 

ドイツの時短と長期休暇

コロナ禍とウクライナ戦争が早く終焉して、150年説が妥当することを願う。ところで1975年以降の「新経済・経営・生活様式」のうち、とくに日本で問題なのは「時短・ワークライフ・バランス」だ。この推進がきわめて遅れている。ドイツの例を挙げ、この点を明らかにしよう。

 

 筆者は1980年代の中ごろ足掛け3年、ボン大学の客員研究員で西ドイツに滞在した。当時ここでも完全週休2日制だが、キリスト教関連の休みもあり、週休3日も随分あった。ちなみに今日では週休3日制が普通となってきた。日常は9時から12時まで働くが、12時から14時まで休み、そして14時から16時半まで働く。しかし16時半キッカリに片付け始め、17時に会社を出る。一般に絶対に残業はしない。

 

夏休みは誰でも5~6週間。67年に「2週間続けて夏休みを採らなければけない」という法が制定されたが、誰でも56週間の夏休みだ。サラリーマンは当然、自家営業者も採らないと罰せられる。入院患者も命に別状ない限り、医師同伴で2~3週間のバカンス旅行。 

 

刑務所の囚人も、凶悪犯以外は全部バカンスに出る。刑務所に入る時に健康体にしてくれ、プールで定期的に泳いで筋肉盛々、3食昼寝付きで、刑期で働いたカネは全部溜まっている。それを持ってバカンスを楽しんでくる。こんな素晴らしい生活ゆえ、よほどのバカでなければ逃亡はしないと言う。

 

 冬休みは、若者の多くは23週間続けてスキーである。スイスでは山小屋もホテルもスキーの予約は1週間単位。オーストリアは2週間単位だが、オーストリアの方が安いので、若者はオーストリアに行く。そしてチロルを超えイタリアに行ったら3週間は帰ってこない。

 また戸外労働者には「雨天手当て」があるゆえ、雨、雪、霧の日が多い10月~4月までは余り仕事はせずに、雨天手当で室内テニスなどに懸命な者も少なくない。以上より明らかに西ドイツは、実質的に日本の半分も働いていなかったが、統計上は「年間労働時間1500時間」ほどと、実態以上に見せる工夫をしていた。

 

 人格の陶冶と経済の好好循環

 人間は本来、生涯をかけて「人格」を「陶冶」すべく「生涯学習」を欠かせない。人生100歳時代の今日では、とくに「生涯学習」が重要だ。それは青少年期から壮、老の全期を通じて日常的に実践すべきだが、それが日本の長時間労働では難しい。我が産業界、学界、政界その他各界のトップクラスでも、やや首を傾げたくなる人格も少なくない。

 

彼らの強い上昇志向が、「自己陶冶時間」を削ったからであろう。しかしドイツでは生涯学習の時間的余裕が十分ある。ところで当時の西ドイツの人口は、日本の半分以下の5800万人ほどだが、労働生産性も輸出総額も日本をはるかに超えていた。現在も年間労働時間は日本の正社員の2000時間に対して、ドイツは7割弱の1363時間で、「製造業時間当たり賃金」は日本の1.78倍。

 

輸出額もたとえば19年は、日本の76兆円に対してドイツは163兆円。また日本の輸出は95%ほどが大企業の輸出だが、ドイツの輸出の40%以上が中小企業の輸出だ。しかも中小企業輸出でも、EU域内輸出の割合はむしろ減少し、対BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国)輸出が増えている。ちなみにドイツの中小企業は、日本のような大手企業の系列ではないから、親会社からの「買いたたき」もない。

 

また中小企業の殆どが「同族・家族経営」で、地域の中小企業どうし、お互いが得意な分野を活かして連携することで競争力を高めてきた。このような中小企業が、ドイツ経済の「心棒(Mittelstand))」であり、産業界のトップには、中小企業の社長が座ることが多い。

 

 

 それはともかくとして既述のとおり、ドイツでは「ワークライフ・バランス」を重視し「経済主義」を克服したが、それが経済の好循環をも生み出している。