日本経済劣化の推移と賃上げの格差

賃金および家計消費の“持続的な実質低下”

表1は10年間ごとの経済指標の伸びを示している。GDPは9808年度および200010年度のそれぞれの10年間下がり続けたが、201120年の10年間にやや伸びた。しかしこの間に消費者物価もほぼ同じ程度の伸びゆえ、この10年間も実質GDPは伸びていない。

 

(表1)GDP・家計消費 ・賃金・消費者物価・輸出額の10年ごとの倍率(単位:倍)

 

GDP

家計消費

賃金

消費者物価

輸出額

197686年度

198797年度

199808

200010年度

201120年度

2.00

1.40

0.98

0.94

1.08

1.56

1.16

0.90

0.94

0.97

1.60

1.20

0.92

0.91

1.00

1.42

1.16

0.98

0.97

1.06

3.00

1.64

1.44

1.30

1.09

(出所)財務省『主要経済指標』から作成

 

他方で賃金もGDPとほぼ同じ軌跡であるが、落ち込み度合いはGDPの低下より大きい。消費者物価の推移を考慮した「実質賃金」は、マイナスの度合いがさらに大きいからだ。それゆえ家計消費の低下度合いが最も大きく、最近の10年間も低下し続けている。しかもこの10年間は消費者物価上昇率が大きいゆえ、「実質家計消費」の落ち込みは過去最高となった。

 

 機械を増やしても生産性伸びず

輸出はいずれの10年間も伸びたが、伸び率は次第に縮小し、201120年度はほぼ横這いであった。このような日本経済の長期的なマクロの趨勢に対して、産業とりわけ企業の経営状況はどうか。表2における「労働装備率」は「従業員1人当たりの機械の金額」、「労働生産性」は「従業員1人当たりが稼いだ金額」、「人件費」は「1人当たりの給与と福利厚生費の合計」の「全産業」を対象とした指数(1985年度=100)」である。

 

(表2)労働装備率・労働生産性・人件費の指数(全産業、1985年度=100

 年度

1990  1995  2000  2002  2005  2010  2015  2020  2022

労働装備率

労働生産性

人件費

141   192     188  200    172    188    193    195    197

129  132     126  128    120    114    114    117    118

132  161     161  162    160    158    158    161    171

(出所)財務省『財政金融統計月報』の「法人企業統計年報特集」の各号から作成

 

  労働装備率は2002年度が最高で、1985年度の2倍(指数200)となった。しかしその割には労働生産性が上昇せず、85年度比30%弱の伸びに過ぎない(指数128)。それゆえ05年度には装備率を02年度より15%ほど落とした(指数172)。それに伴って労働生産性も低下した。これを修正すべく、10年度も15年度も労働装備率を上昇させたが、労働生産性は下がり続けて、生産性が最高であった1995年度より15%ほども低下した(指数114)。

 

 この生産性が再び上昇するのは、装備率を95年度ほどの水準に上げた20年度(指数195)からであるが、それでも生産性は95年度より10%ほども低い(指数117)。何故か。第1に「成熟飽和経済」では基本的に「多品種少量生産」であるから、もはや「大量生産による機械効率」はあり得ない。第2に後述の「大企業の買いたたき」による「中小企業の生産性の低さ」である。99.7%が中小企業であるゆえ、これが生産性全体の低下を引き起こしている。

 

このように生産性の低空飛行ゆえ、「人件費」も85年度より60%ほど高いが、横這いを続けている。しかも生産性の落ち込みが大きかった1015年度はさらに低下し、指数は160を切った。これには正社員を非正社員に切り替えた「リストラ」の影響もあろう。

 

 しかし20年度と22年度は「労働装備率」を上げ「生産性」も幾分か上昇させ、人件費も上昇させている。これは特に「人手不足」が影響しており、「給与および福利厚生費」を上昇させたからであろう。ただし、この人件費アップの数字は、大手企業によるところが大きく、中小企業の人件費は、必ずしも上昇していない。それは次に見る最近の賃上げ格差からも予測できる。

 

 拡大する賃上げ率の格差

労働組合「連合」の5450組合集計では、24年春闘の「基本給の賃上げ率」は、従業員300人以上の1468組織の平均が5.19%であった。これに対して300人以下の中小企業3816組織では4.57%であった。またパートや契約社員などの「非正規社員」は、時給ベースで5.74%と高くなった。

 

 これらは1991年以来33年ぶりの高水準な賃上げであり、非正社員の賃上げはとくに高水準であるが、これも人手不足を反映している。しかし連合の労働組合組織は、大企業が多く、また組織率は16.3%(23年)である。したがって、この連合集計には、大多数の中小企業が含まれていない。

 

 そこで「従業員30人未満企業」を対象とする厚労省の「毎月勤労統計」を見ると、一般労働者の賃上げ率が2.1%、パートの時給が2.8%で、全体の賃上げ率は2.3%と低い。それでも、やはり33年ぶりの高率である。そしてこれらの時間当たり賃金平均は1488円となった。しかしこれらの賃上げ率は、連合の先の5.19%および4.57%に遠く及ばない。

 

ちなみに1991年の春闘賃上げ率は5.66%、所定内給与(基本給)4.5%であったが、90年の「人件費」が指数132と低かったゆえ、景気下降にも拘らず91年は高い賃上げ率になった。労働組合の組織率が25%以上と現在より10%以上高かったことも、これを可能にしたと言えよう。

 

これに対して23年の賃上げ率は、大手を含む全体平均が3.58%に過ぎない。これは中小企業の賃上げ率の低さを反映している。先述のとおり24年でも「中小企業の賃上げ率」は2%台と低い。一方でこのような「企業規模による賃上げ率格差」は、現在の労働組合の組織率が低いことにもよる。

 

(表3)資本階層別「売上高経常利益率」の推移(年度間の平均 %、全産業)

資本金

1000万円  1000万円~1億円未  1億円~10億円未満  10億円以上  

200811年度

201215年度

201619年度

202022年度

  0.5        2.0          2.8       4.0

  1.9        2.9          3.7       7.0

  2.5        3.5          4.3       7.9

  2.4        3.3          4.6       8.6

  (出所)財務省『法人企業年俸特集』の各号から作成

 

しかし賃上げ格差の最大要因は、大企業と中小企業との「利益率の差」である。

表3のとおり「売上高経常利益率」は、資本金10億円以上の大企業は2022年度は8.6%、2122年度は9%以上であり、欧米並みとなった。これに対して資本金1000万円以下の企業は2.4%、1000万~1億円未満企業でも3.3%に過ぎない。

 

企業の利益率は「業種業態」によって異なるが、大企業も中小企業も年を追うに従って利益率を上昇させてきた。しかしその上昇度合いは、大企業のほうが圧倒的に大きい。

これらの最大要因は、大企業による中小企業に対する「買いたたき」である。

 

 いかにして最低賃金を引き上げるか!

さらに「円安」がこの傾向をいっそう強めている。円安により「輸入原材料価格」が201022年間にほぼ2倍以上となったが、中小企業が大企業に納品する価格の「企業物価」は18%ほどの上昇に過ぎない。この上昇の格差が中小企業の利益を抑え込み、賃上げを難しくしている。ちなみに「大手製造業」はアセンブリー、つまり中小企業から仕入れた部品の「組み立て産業」ゆえ、輸入原材料価格上昇の影響余り受けない。

 

 こうした状況に鑑みて厚労省の「中央最低賃金審議会」は、24年の「最低賃金(時給)」を、23年の1004円から50円引き上げて1054円にする方針を決定した。ちなみに22年のEUの同指標は、「賃金分布の中央値の60%」を国際指標とし、イギリスは中央値の3分の2まで最低賃金を引き上げる方針を出している。

 

 実際に韓国、フランス、イギリスの「最低賃金」は、すでに同中央値の6割前後であるが、日本は45%に過ぎない。それゆえ24年の「政府の最賃指標」が「過去最高の引き上げ幅」を出したのも当然だ。さらに27県が、これを超える引き上げ目安を出している。しかし非正規の雇用や労働時間を減らさずに、この引き上げを実現するには、まず「大企業による買いたたき」を止めることが不可欠だ。従来のの最低賃金は、最下位の岩手県の943円をはじめ殆どの県が900円台であり、6都道府県だけが1000円を超えている状態であった。

 

ところで経団連の「24年大手企業の夏のボーナス」は、従業員500人以上の20業種156社の平均妥結額が前年比4.23%増の94.1万円で、1981年以降で2番目となった。化学、電気、貨物運送を除く16業種で前年より増え、とくに円安の恩恵が大きい「自動車」は17.83%の最高の伸びである。

 

円安が「ドル建て輸出の円換算額」および「海外子会社の利益の円換算額」を上昇させたからである。ちなみに例えば23年度の「全産業の総経常利益」の60%を、資本金10億円以上の大企業が占めている。この大企業数は、全企業数の0.3%に過ぎないのだ。

 

以上より明らかなとおり、日本経済を正常な軌道に戻すには、「買いたたき」を法律によって修正させ、同時に中小企業が結束して「大企業に対する拮抗力」をつけることだ。それには従来の「近代的なパラダイム」からの脱却が不可欠。「過当競争・効率主義」自由か平等かなどの「二項対立思考」「科学技術重視・自然の軽視」など、従来のイデオロギーや「ものの見方・考え方」の修正が不可欠である。