日本企業の経営欠陥----役職の低昇給率と長時間労働
一般社員で「管理職になりたい人」の割合は、調査対象の国の平均が58.6%であるが、日本では19.8%と最低であった。これは22年の「パーソナル総合研究所」の調査の結果であり、調査対象は18か国・地域である(表1)。他方でインドは「カースト制」の影響もあり、最高の90.5%である。もっとも発展途上諸国は一般的に高く、フィリピン、インドネシア、中国、ベトナム、インドの平均は81.8%だ。
(表1)管理職になりたい一般社員の割合(%) *パーソナル総合研究所の統計より作成 |
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アメリカ 54.5 |
イギリス 55.4 |
ドイツ 45.1 |
フランス 68.9 |
中国 78.8 |
韓国 61.7 |
フィリピン 80.6 |
インドネシア71.5 |
ベトナム 87.8 |
インド 90.5 |
日本 19.8 |
全体平均 58.6 |
これに対して先進諸国はアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの平均が56.0%と低い割合であるが、それにしても50%を超えており、日本の低さが際立っている。これには幾つかの要因が考えられる。例えば管理職に昇進すれば、残業代が入らないゆえ、逆に報酬が下がる場合もあるなどだ。
ちなみに日本では課長や部長に就いても、これに伴う報酬アップが大きくない。課長の年間報酬は日本が約1466万円、インドが1125万円だが、部長ではそれぞれ1953万円と2007万円。このように日本の役職報酬は、昇給割合のカーブが、アメリカ、イギリス、中国、韓国などに比べて緩慢である(日本に関しては1300社以上が対象の「マーサー総報酬サーベイ24年」、1ドル143円で計算)。
それゆえ役職に就けば責任が重くなり、仕事の量も増えるのに、その割に実質報酬が上がらず、下がる傾向さえある。さらに「長時間労働」も加わり、精神的に異常をきたす役職社員も続出している。したがって「役職就任」は「罰ゲーム」とか「無理ゲー」などとも言われる。
日本の労働時間はどうか。表2のとおり英独仏より長く、アメリカやイタリアよりは短い。しかしこの日本の労働時間は「労働者全体の平均時間」であり、「正社員だけの労働時間」はなお2000時間に近い。なぜなら日本の被雇用者の37~38%が非正社員であり、彼らの労働時間は短く、その分だけ正社員の「残業時間」が長いからである。
(表2)一人当たり平均年間総労働時間(上段2015年、下段2022年) *労働政策研究・研修機構『データブック2024』より作成 |
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日本 |
アメリカ |
カナダ |
イギリス |
ドイツ |
フランス |
イタリア |
1719 1607 |
1785 1811 |
1712 1686 |
1531 1532 |
1370 1341 |
1519 1511 |
1718 1694 |
なぜか。先進諸国の「残業代」は「通常賃金」の1.5倍ほどだが、日本は1.25倍と小さいゆえ、新規雇用をせずに正社員の残業を増やす方が、経営の上で得策である。このように見てくると、日本企業の「管理職希望者の極端な低率」は、もっぱら企業経営の問題に要因があると思われがちである。
国民の意識----経済成長の限界とマイナス問題
果たしてそれだけが要因だろうか。多くの日本人が、30年も続いている不況の中で「成熟飽和経済」による「経済成長の限界」を意識していることにもよろう。ただし前回の自民党総裁選で「所得倍増」をスローガンとした候補者のように、全く見当はずれな人も、数少ないが存在している。
アメリカ 41.8 |
イギリス 31.9 |
ドイツ 30.4 |
フランス 34.5 |
中国 37.3 |
韓国 28.4 |
フィリピン 31.1 |
インドネシア20.2 |
ベトナム 32.0 |
インド 56.8 |
日本 25.9 |
全体平均 33.7 |
しかし大多数の人々が、経済成長による「自然の破壊」および「人間関係の疎遠」や「精神疾患」をも深刻に考えていることも、「管理職希望社員の低率」に繋がっている。この点についての傍証として、日本のサラリーマンの「転職希望者」や「独立・起業したい社員の割合」が、きわめて低いことも上げられよう。
ちなみに「転職を希望する社員の割合」は、アメリカの41.8%、全体平均の35.2%に対して日本は25.9%と低い(表3)。また「独立・起業したい人」も、全体平均の36.2%に対して、日本は20.0%と最低である(表4)。もっともアメリカ以外の先進諸国のイギリス、ドイツ、フランスの平均も27.1%とかなり低い。経済成長主義や効率主義がもたらした弊害を、先進諸国の多くの国民が意識しているからであろう。
(表4)独立・起業したい一般社員の割合(%) *パーソナル総合研究所の統計より作成 |
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アメリカ 40.7 |
イギリス 27.0 |
ドイツ 23.4 |
フランス 31.0 |
中国 40.4 |
韓国 27.0 |
フィリピン 43.8 |
インドネシア52.1 |
ベトナム 35.8 |
インド 57.9 |
日本 20.0 |
全体平均 36.2 |
近代文明は「物的に豊かになれば人間は幸福となる」という「経済主義」の思想に浸ってきたが、この文明は今や危機に瀕している。「工業化」の進展が「大気・水質・土壌汚染」など自然を破壊し、「温暖化」と「自然災害」「生物の絶滅と多様性の減少」を引き起こしてきた。これらの弊害は、いずれも「人類および地球の限界」に近づいている。
もう一つの総合的生活-----「自然の再生と心の健康」へ
工業化をはじめとする経済主義を根本的に改革すべく、我々の意識の抜本的な変革が不可欠である。先の日本の社会人の趨勢は
こうした観点からは好ましく、さらに深い反省と変革が必要である。
残念ながら日本の温暖化対策は、EU諸国よりかなり遅れている。EUは「再生エネルギー」を普及させ、1990年から2014年の25年間に「温暖化ガスの排出量」を2割減少させたが、日本は同期間に10%以上増やした。けれども2018年になると、日本でも全国銀行協会が「SDGs」に対応する「行動憲章」を発表した。
また3メガバンクは「石炭火力の新規事業への融資停止」を発表し、複数の商社も「石炭火力発電事業」から撤退した。ところがトランプ米政権の「脱炭素に対する逆風」を恐れるあまり、日本の大手金融機関は、本年「NZBA」から脱退した。これは世界の140の金融機関が参加する「脱炭素の国際的な枠組み(21年発足ネットゼロ・バンキング・アライアンスNZBA)」である。
本年3月期の3メガ銀行の「純利益」が、前年比25.3%増で過去最高益であったのに、脱退した。それは極めて遺憾な事態である。欧州勢には脱退の動きはない。ところで経済主義は物的な豊かさをもたらす反面、「生活の潤いと活力」を弱め、多数の「精神疾患」を引き起こしている。
たとえば日本人の40歳までの死亡原因の第1位が自殺であり、最近の高校生以下の自殺者が毎年500人を超え、過去最高を更新している。また1998年からの14年間の自殺者数は毎年3万人を超えたが、これは自殺から24時間以内に亡くなった人数であり、その後に亡くなった人も含むと、自殺者死亡総数は年間5万人超であった。
近年はこの人数は幾分少なくなったが、この精神疾患の傾向は日本ばかりではない。したがって先進諸国の多くの人々が、近代文明の危険性を感じ取っている。とりわけ多くの日本人は、深刻に感じているであろう。
これらの近代文明の弊害を克服する手段として、たとえばドイツのドルナイヒ博士は、つぎの4項目をあげた(H.Dorneich:Ordnungstheorie des Sozialstaates,1983)①思索など自分との出会い ② 自然との触れ合い ③ 夫婦、家族、親友との交わり ④ 休暇、小グループ活動、集会などの交わり。
要するに仕事を離れた生活「オルターナティブ・ライフ(もう一つの生活)」さらには「ホリスティック・ライフ(総合的生活)」の重視が不可欠だということだ。また高齢化社会においては、できる限りの自立自助の生活態度が重要であるが、それには柔軟な頭脳を持ち続け、高齢期においても自活できることが基本であろう。
そのためにも「総合的生活」「もう一つの生活」が不可欠であるが、とりわけ「心の健康」を青年期から準備する「時間的ゆとり」が重要である。これら諸点からすれば、先の「管理職希望」などに対する日本の社会人のネガティブな態度も、評価されるべきである。
ちなみに「ボランティア」も「もう一つの生活」や「総合的生活」の一部であるが、日本のボランティアは、2019年時点では19.4万グループの707万人、個人のボランティアを合わせると合計880万人。2010~14年には年間1000万人超、2023~24年でも同760万人ほどと、かなりのボランティア数である(全国社会福祉協議会調査)。ここにも「近代文明超克」に期待が持てよう。