危険な「財政赤字」無視の選挙目当て政策
22~23年度の日本の「公的長期債務残高の対GDP比」は、IMF統計によると約260%でGDPの2.6倍と世界最高である。双子の赤字が問題とされてきたアメリカでさえ81%、ドイツは35%である。政府の金融資産(年金積立や外貨準備など)を差し引いた場合でも、日本は24年時点で135%であり、レバノンの158%に次ぐ2番目の大きさだ。
政府が1991年のバブル崩壊以降、合計140兆円の対策を打ち、また消費税軽減策を導入したことなどで「異常な赤字」となった。加えて2016~2023年度までに、合計180兆円の補正予算を組み、24年度も14兆円の補正予算だ。さらに「所得税の課税最低ライン」を「103万円から160万円」の引き上げにより、6000億円の所得税収減となり、また高校授業料無償かも1000億円も必要だが、これを「防災予防費」から捻出するという。
これらの政策から、歴代政府は「深刻な財政赤字」の認識に欠けると言わざるを得ない。また選挙を前にした与野党の「減税策」や「国民給付」の政策などの競い合いも同様だ。いずれも選挙目当ての「場当たり策」の傾向が強い。これらによって「長期的な深刻な財政赤字」は、さらに悪化する。
他方でこのような「場当たり策」を可能にしてきた大きな要因に、日銀の国債買い入れ策がある。日銀は2013年から「異次元の金融緩和策」と銘打って、国債を無謀なほどに買い入れてきた。日銀の国債保有額は25年3月時点で、発行残高の5割超の574.2兆円で13年前の約6倍。そして、この時価評価額545.6兆円との差額である28.6兆円の含み損で、24年3月の含み損9.4兆円から大幅に増えている。
長期国債の暴落から長期金利の高騰
このような財政赤字懸念と日銀の異常な国債保有から、国債の信用が低下し国債価格の低下で、金利が上昇する。長期の国債は、償還まで5~10年までの「長期国債」と、10年を超える「超長期国債」だが、このうち超長期国債価格が急落して、金利が急上昇した。新発30年国債の利回りが5月に3.185%、40年物が3.675%と、過去最高の金利となった。
これには、長期国債を運用する生命保険会社などの需要減少に、トランプ関税のマイナス、防衛費増による財政悪化の懸念、さらに外国人投資家の懸念も加わった。ちなみに日本国債の取引の約3割が、24年10~12月では48.2%が外国人投資家である。このような金利上昇は、政府の利払い費を増加させて、財政赤字をいっそう深刻にする。
この金利上昇が「政策金利上昇」に繋がれば、銀行の「貸出金利」や「住宅ローン金利」の上昇となり、中小企業や国民生活をいっそう厳しくなる。しかし他方で金融機関を利する。日銀は13年以来の「異次元の金融緩和」で、超低金利・マイナス金利を続けてきた。しかし昨年からの政策金利の引き上げ策に転じた。これにより金融機関は「利ザヤ上昇」で利益を回復している。
たとえば25年3月期決算では、3メガバンクの最終利益が合計で前年度比25.3%増の3.9兆円超。同様に地方銀行も、全体の84%の81銀行で増益となり、これらの純利益合計は前年度比37.1%増の1兆2706億円。また生命保険大手8社のうち7社が増益となり、最大手の日本生命保険は、基礎利益が前年度比32.3%増の1.1兆円となった。
しかし「インフレ」と相まって、金利上昇は中小企業および国民生活を脅かしている。加えてこれまで日銀の超低金利策が「円安」をもたらし、輸入物価の上昇からインフレを更新させて、中小企業と国民生活を苦しくしてきた。それゆえ「長期国債価格の下落」による「金利上昇」から、円安が修正されれば「中小企業・国民の窮状」も緩和する。
果たしてどうか。世界経済はトランプ関税による物価上昇とインフレ懸念、さらに国際政治不安から金利を大幅に引き下げる政策をとれない。したがって日本の金利は世界的には未だかなり低く、それゆえ「円安」はなお続く。したがって中小企業と国民の苦境もあまり解消しない。
大手の過去最高益と自社株買い
このような経済状況であるのに、上場企業の3月期決算は4年連続で過去最高を更新している。円安による「ドル建て輸出の円換算額」と「海外子会社利益の円換算額」が膨張しているからだ。決算が発表された大手454社(全体の43.8%)の25年3月期では、営業利益が前年比4.3%増の31兆円、純利益は2.4%増の29兆円である(日興証券集計)。
これらから企業の内部留保は12年連続の過去最高を続け、いまや600兆円超となっている。しかしこの大手の利益は、設備投資には余り回っていない。設備投資や研究開発にかける投資は、23年度までの10年間で1.5倍程度にすぎない。これに反して「自社株買い」が急増した。それは13年度では総額2兆円ほどであったが、23年度は8.6兆円、24年度は16.4兆円と膨らみ、過去10年あまりで8倍となった。
経産省は14年に「ROE(自己資本利益率)」の目標として、8%を公表した。この8%がグローバルな投資家を納得させるROEゆえ、これを目標とすべきだという。また東京証券取引所も「資本コストや株価を意識した経営」を要請した。そこで大手企業の多くが、手元の現金を「自社株買い」や「増配」に回して、ROEや株価を吊り上げている。
その結果ROEは8%を超えてきたが、他方で長期的な成長戦略を見失いがちとなっている。「物言う株主」の要求に応えて、自社株買いを優先する傾向もみられる。また役職手当に「ストックオプション」を導入している企業も多いから、彼らの手当て引き上げのためにも「自社株買い」が進められる。
要するに大手企業も、政府・日銀策と同様に、この点では「場当たり策」の経営と言えよう。それにも拘らず他方で、大手の「下請け叩き」がなお続いている。これらの傾向を見かねて、経団連は「民間設備投資を40年度に200兆円に引き上げる」という目標を発表した。
確かに儲けた利益を「自社株買い」に回すよりは、設備投資に回す方が順当な経営であろう。しかし設備投資拡大によっても、政財界やエコノミストが期待するほどの景気回復となるか疑問である。先進諸国はほとんどが「生産力成熟・消費飽和」の「成熟飽和経済」に落ちっているからだ。
根本的な景気政策------円安の修正と大手の「買い叩き」の除去
先述のとおり政府は、世界で最悪となる財政赤字を引き起こすほどの景気対策を導入してきたが、日本経済は30年も続く不況から這い上がれない。それは企業の設備投資が足りないからか? 実は「労働装備率(従業員1人当たりの機械等の設備金額)」を伸ばしても、「労働生産性(従業員1人当たりが稼いだ金額)」は伸びない。
1985年=100の指数で見ると、1995年が「労働装備率192、労働生産性132」、これに対して2022年は「労働装備率197、労働生産性118」であり、設備投資を増やしても生産性は伸びていない。これは日本ほどではないが、先進諸国経済に共通だ。
(表1)労働装備率・労働生産性・人件費の指数(全産業、1985年度=100) |
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年度 |
1990 1995 2000 2002 2005 2010 2015 2020 2022 |
労働装備率 労働生産性 人件費 |
141 192 188 200 172 188 193 195 197 129 132 126 128 120 114 114 117 118 132 161 161 162 160 158 158 161 171 |
(出所)財務省『財政金融統計月報』の「法人企業統計年報特集」の各号から作成 |
では日本だけで、30年間もの不況が続く要因は何か。第一に日銀の「円安策」によって、「原材料と食料品」の輸入物価が高騰し、中小企業と国民生活を脅かして「消費不況」に陥っていることである。第二に大手企業が下請け中小企業の「買い叩き」をしていることだ。
2010年=100の指数の「輸入物価」と「卸売物価」は、23年が184と123、24年は189と130であり、この両物価の開きが、大手の「買い叩き」を示している。したがって全企業の99%超の中小企業の経営は、「円安」と「買い叩き」が続く限り厳しく、物価上昇を上回る「賃上げ」は困難だ。それゆえ国民全体の消費も伸びず、「消費不況」が続く。
(表2)各物価指数(2010年=100)の推移) *輸出入物価指数は、円ベースの指数 |
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2018 |
2020 |
2021 |
2022 |
2023 |
2024(上期) |
2024 |
消費者物 企業物価 輸出物価 輸入物価 |
105.0 104.1 108.0 113.4 |
105.5 104.3 100.8 117.8 |
105.1 107.7 103.7 119.9 |
108.4 118.7 125.6 195.8 |
110.9 123.0 130.3 183.5 |
112.4 126.9 142.7 186.1 |
113.9 129.8 138.7 188.6 |
政府も経団連や経営者団体およびエコノミストは、物価上昇を上回る「賃上げ」を叫ぶが、このような経済状況では、それは不可能であり、それゆえ消費不況が持続している。ここから抜け出すためには、緩やかな継続的「円安脱出策」を工夫し、大手による「買い叩き」経営を厳しく監視して、これを許さないことである。さらに大手企業も内部留保や自社株買いをするカネを、率先して下請け同業者に回すべきである。