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 議会制民主主義の危機を乗り越えられるか!

各国で広がる国民の「政治意識の分断化」

 ドイツではチューリンゲン州、ザクセン州などの旧東ドイツ地域の州において、右翼政党の「AfD(ドイツのための選択肢)」が第一党となり、国政でも第二党となっている。ドイツは「ナチス」の歴史から「右翼主義」に対する警戒感が強いにも拘らず、何故か。

 

 ドイツにおける旧東ドイツ人口は、ドイツ全体の20%だが、旧東ドイツ出身のエリート層は全体の12%に過ぎない。これも影響して東ドイツ出身の人々は、「2級市民」のごとく扱われている意識が強い。他方でドイツ国民の中には、「EUの押し付け規制や官僚制」に反発する人々もいる。これらから右翼・ポピュリスト政党の台頭となっている。

 

 フランスも「与党連合政権」が推奨した「EUのグローバル政策」から、地方の工業や農業が疲弊したとも言われる。したがって困窮住民は「再分配重視」の左派政党に靡き、フランス国民会議で「左派政党連合」が最大勢力となった。他方で逆に「自由市場・小さい政府・排外主義」の右派政党も対抗している。

 

 このようなドイツやフランスと同様にオランダでも、国民の政治意識が、右派政治と左派政治とに分裂気味である。またイギリスは2016年にEUから離脱(ブレグジット)したが、それはサッチャー政権らの「新自由主義政策」で、生活困窮高齢者が増えたからだ。しかし彼らはその大きな要因を、外国人移民が増えて「社会保障」が減少した故だと捉えた。

 

そこでEUから離脱して、この移民を抑制することを望んだ。だがイギリスの若年層の7割以上が、46歳以下全体でも60%超がブレグジットに反対し、イギリスの国民の意識も分断された。アメリカも同様な分裂が、さらに進むであろう。無謀なトランプSNS政治の「外国人に対する規制強化」「大幅減税」「関税強化」「大学規制」などの政策から、これも必定だ。

 

またルーマニアでは有力視されていなかった候補が、第1回「大統領選」では、SNSによる「不公平な宣伝活動」「民族主義的で反欧米的なメッセージ」の拡散により、首位に立ったという。けれども、この選挙は「憲法裁判所」で無効にされた。このように世界では至る所で、国民意識の分断が生じている。

 

健全な民主主義のためにSNSの規制を!

 さて日本はどうか。今回の参議院選挙において、「外国人優遇の排斥」を唱える政党が、存外に伸びた。この政党や「日本人ファースト」に靡く政党は、SNSで「外国人が優遇されている」という虚偽を流し、所得格差に不満を抱く層の共感を得ている。そのような低所得者は6000万人ほどゆえ、この党はそうしたプロパガンダで支持者を得やすい。

 

ちなみに首都圏地域ではマンション価格が高騰しており、外国人の高級マンションの売買も盛んとなっている。それゆえ「外国人のマンション売買の規制」の主張も、彼らの共感を得られやすい。他方で米トランプもSNSなどで「秘密組織(影の政府)の解体」という虚偽主張を流して、支持者を増やした。

 

このようにSNSによるポピュリズム・プロパガンダが、世界の至る所で出現し、民主主義を脅かしている。その結果ドイツなどでも、本来ポピュリズム的でない穏健政党までが、それに引きずられ、政党の主張を変更する傾向さえ出てきた。

 

かつてアーノルド・トインビーは≪もう民主主義はお仕舞で、このままだと独裁制が登場する≫と述べた(若泉敬『未来を生きる---トインビーとの対話』毎日新聞1971年)。また「文明の春夏秋冬説」のシュペングラーも、トインビーに先立って≪空洞化した民主主義とともに「知性」が破壊され、21世紀になると無制限な戦争が続く。そして2200年頃までにカエサルが出現し、弱肉強食の「先史時代」に逆行する≫と予言した(『西欧の没落』ミュンヘン1918年)。

 

このシュペングラーやトインビーの警鐘内容が、現代世界の目前に迫っている。これを回避することは出来ないのか。政治および民主主義の「あり方」の根本的再検討が必要だが、先ずはSNSを規制することが不可欠である。EUはすでにこの対策を導入している。

 

EUは23年に「欧州アルゴリズム透明センター(ECAT)」を立ち上げ、SNSの仕組みが偽情報の拡散に繋がらないか監視する。またSNS運営会社に、「透明性や責任ある対応」を義務づける「デジタルサービス法(DSA)」を24年から施行している。

 

これは日本でも喫緊の課題だ。SNSにおける誤情報や非難によって、窮地に追い込まれ自殺した人々もいる。また選挙に際して、特定の政党や候補者に関する「虚偽や真偽不明の情報」が流され、これが選挙結果に大きく影響する事態もある。したがって日本でもEUレベルのSNS規制を、早急に導入すべきだ。

 

不可欠な経済社会協議会制度

民主主義の起源は古代ギリシャの「直接民主主義」である。それは「ポリス共同体」を前提とし、いわばポリスの普遍意思である慣習法「ノモス」に基づいて、具体的な設定法「テスモス」を決める手段であった。したがって民主主義は共同体と結合して、個人の意思はノモスに服従しなければならなかった。

 

ところがプロタゴラスなどソフィストが現れ、ノモスも人為的な相対的なものであるから、必ずしもそれに服従する必要はなく、「人間こそが万物の尺度」だと主張した。ソクラテスやプラトンは、この思想の危険性や民主主義の危機に対して、「哲学(フィロソフィア)」を説いた。しかし結局のところ、ギリシャ民主主義は崩壊した。

 

今日の民主主義は、「自由討論」「議員は全国民の代表としての良心に従う」「多数決」の3原則から成り、これによって得られる結論は「一般意志」だということである。一般意志は各人の「個別意志」でも、それらの合計の「全体意志」でもなく、共同体を前提とした「共同体の一般意志」(ルソー)である。共同体が本来有する意思であり、これが自由討論の民主主義制度により明らかとなるゆえ、全員がこれに従うべきだということである。

 

したがって民主主義は原理的には、片足を自由主義に置き、もう一方の足を「共同体主義」に乗せている。けれども今日の民主主義は、もっぱら利己主義的自由主義原理に偏って、「組織化された大衆民主主義」(難波田春夫)に変質している。利害を共にする人々どうしの「利益者集団」が、国会の場を自分たちの「パイの収奪場」にしている。

 

他方で利己主義的自由に解き離れた現代人は、SNSその他で不安を感じている。したがって何らかの団体に所属し、拘束されることを無意識に望んでいる。それゆえ「利害関係」なしに、大衆が「集団宗教」(ヴィラール)を求める傾向もあり、これも社会的分断に繋がる。

 

先述のごとく自由主義諸国の民主主義に分断傾向が強まってきたが、その根本的理由は、「利己主義的自由主義」の推進、さらには無意識的な「集団宗教」傾向である。これらが国民の「共同体意識」を弱体化させ、さらには破壊している。したがってこの民主主義は、ギリシャの民主主義と同様に、またシュペングラーやトインビーの予言どおり「独裁政治」に頽廃する可能性を否定できない。

 

いまやEU諸国も「組織化された大衆民主主義」と「政治的分断的状況」であるが、しかし、多くの国はこれを修正すべく「経済社会協議会制度」を導入している。それぞれの組織の代表者が一同に会し、重要な問題ごとに「公開の場」で話し合い、「集団エゴ」を解消して「共同体の一般意志」を見極める制度だ。日本でも最低限、このような「経済社会協議会制度」の早急な導入が不可欠である。  

 

 

政府・日銀・大手企業の場当たり策 -----国民の長期不安と苦境-----

危険な「財政赤字」無視の選挙目当て政策

2223年度の日本の「公的長期債務残高の対GDP比」は、IMF統計によると約260%でGDPの2.6倍と世界最高である。双子の赤字が問題とされてきたアメリカでさえ81%、ドイツは35%である。政府の金融資産(年金積立や外貨準備など)を差し引いた場合でも、日本は24年時点で135%であり、レバノンの158%に次ぐ2番目の大きさだ。

 政府が1991年のバブル崩壊以降、合計140兆円の対策を打ち、また消費税軽減策を導入したことなどで「異常な赤字」となった。加えて20162023年度までに、合計180兆円の補正予算を組み、24年度も14兆円の補正予算だ。さらに「所得税の課税最低ライン」を「103万円から160万円」の引き上げにより、6000億円の所得税収減となり、また高校授業料無償かも1000億円も必要だが、これを「防災予防費」から捻出するという。

 

 これらの政策から、歴代政府は「深刻な財政赤字」の認識に欠けると言わざるを得ない。また選挙を前にした与野党の「減税策」や「国民給付」の政策などの競い合いも同様だ。いずれも選挙目当ての「場当たり策」の傾向が強い。これらによって「長期的な深刻な財政赤字」は、さらに悪化する。

 

他方でこのような「場当たり策」を可能にしてきた大きな要因に、日銀の国債買い入れ策がある。日銀は2013年から「異次元の金融緩和策」と銘打って、国債を無謀なほどに買い入れてきた。日銀の国債保有額は25年3月時点で、発行残高の5割超の574.2兆円で13年前の約6倍。そして、この時価評価額545.6兆円との差額である28.6兆円の含み損で、24年3月の含み損9.4兆円から大幅に増えている。

 

長期国債の暴落から長期金利の高騰

このような財政赤字懸念と日銀の異常な国債保有から、国債の信用が低下し国債価格の低下で、金利が上昇する。長期の国債は、償還まで5~10年までの「長期国債」と、10年を超える「超長期国債」だが、このうち超長期国債価格が急落して、金利が急上昇した。新発30年国債の利回りが5月に3.185%、40年物が3.675%と、過去最高の金利となった。

これには、長期国債を運用する生命保険会社などの需要減少に、トランプ関税のマイナス、防衛費増による財政悪化の懸念、さらに外国人投資家の懸念も加わった。ちなみに日本国債の取引の約3割が、241012月では48.2%が外国人投資家である。このような金利上昇は、政府の利払い費を増加させて、財政赤字をいっそう深刻にする。

 

この金利上昇が「政策金利上昇」に繋がれば、銀行の「貸出金利」や「住宅ローン金利」の上昇となり、中小企業や国民生活をいっそう厳しくなる。しかし他方で金融機関を利する。日銀は13年以来の「異次元の金融緩和」で、超低金利・マイナス金利を続けてきた。しかし昨年からの政策金利の引き上げ策に転じた。これにより金融機関は「利ザヤ上昇」で利益を回復している。

 

たとえば25年3月期決算では、3メガバンクの最終利益が合計で前年度比25.3%増の3.9兆円超。同様に地方銀行も、全体の84%の81銀行で増益となり、これらの純利益合計は前年度比37.1%増の1兆2706億円。また生命保険大手8社のうち7社が増益となり、最大手の日本生命保険は、基礎利益が前年度比32.3%増の1.1兆円となった。

 

しかし「インフレ」と相まって、金利上昇は中小企業および国民生活を脅かしている。加えてこれまで日銀の超低金利策が「円安」をもたらし、輸入物価の上昇からインフレを更新させて、中小企業と国民生活を苦しくしてきた。それゆえ「長期国債価格の下落」による「金利上昇」から、円安が修正されれば「中小企業・国民の窮状」も緩和する。

果たしてどうか。世界経済はトランプ関税による物価上昇とインフレ懸念、さらに国際政治不安から金利を大幅に引き下げる政策をとれない。したがって日本の金利は世界的には未だかなり低く、それゆえ「円安」はなお続く。したがって中小企業と国民の苦境もあまり解消しない。

 

大手の過去最高益と自社株買い

このような経済状況であるのに、上場企業の3月期決算は4年連続で過去最高を更新している。円安による「ドル建て輸出の円換算額」と「海外子会社利益の円換算額」が膨張しているからだ。決算が発表された大手454社(全体の43.8%)の25年3月期では、営業利益が前年比4.3%増の31兆円、純利益は2.4%増の29兆円である(日興証券集計)。

 これらから企業の内部留保は12年連続の過去最高を続け、いまや600兆円超となっている。しかしこの大手の利益は、設備投資には余り回っていない。設備投資や研究開発にかける投資は、23年度までの10年間で1.5倍程度にすぎない。これに反して「自社株買い」が急増した。それは13年度では総額2兆円ほどであったが、23年度は8.6兆円、24年度は16.4兆円と膨らみ、過去10年あまりで8倍となった。

 

経産省は14年に「ROE(自己資本利益率)」の目標として、8%を公表した。この8%がグローバルな投資家を納得させるROEゆえ、これを目標とすべきだという。また東京証券取引所も「資本コストや株価を意識した経営」を要請した。そこで大手企業の多くが、手元の現金を「自社株買い」や「増配」に回して、ROEや株価を吊り上げている。

その結果ROEは8%を超えてきたが、他方で長期的な成長戦略を見失いがちとなっている。「物言う株主」の要求に応えて、自社株買いを優先する傾向もみられる。また役職手当に「ストックオプション」を導入している企業も多いから、彼らの手当て引き上げのためにも「自社株買い」が進められる。

 

要するに大手企業も、政府・日銀策と同様に、この点では「場当たり策」の経営と言えよう。それにも拘らず他方で、大手の「下請け叩き」がなお続いている。これらの傾向を見かねて、経団連は「民間設備投資を40年度に200兆円に引き上げる」という目標を発表した。

 

確かに儲けた利益を「自社株買い」に回すよりは、設備投資に回す方が順当な経営であろう。しかし設備投資拡大によっても、政財界やエコノミストが期待するほどの景気回復となるか疑問である。先進諸国はほとんどが「生産力成熟・消費飽和」の「成熟飽和経済」に落ちっているからだ。

 

根本的な景気政策------円安の修正と大手の「買い叩き」の除去

先述のとおり政府は、世界で最悪となる財政赤字を引き起こすほどの景気対策を導入してきたが、日本経済は30年も続く不況から這い上がれない。それは企業の設備投資が足りないからか? 実は「労働装備率(従業員1人当たりの機械等の設備金額)」を伸ばしても、「労働生産性(従業員1人当たりが稼いだ金額)」は伸びない。

 

1985年=100の指数で見ると、1995年が「労働装備率192、労働生産性132」、これに対して2022年は「労働装備率197、労働生産性118」であり、設備投資を増やしても生産性は伸びていない。これは日本ほどではないが、先進諸国経済に共通だ。

 

(表1)労働装備率・労働生産性・人件費の指数(全産業、1985年度=100

 年度

1990  1995  2000  2002  2005  2010  2015  2020  2022

労働装備率

労働生産性

人件費

141   192     188  200    172    188    193    195    197

129  132     126  128    120    114    114    117    118

132  161     161  162    160    158    158    161    171

(出所)財務省『財政金融統計月報』の「法人企業統計年報特集」の各号から作成

 

 では日本だけで、30年間もの不況が続く要因は何か。第一に日銀の「円安策」によって、「原材料と食料品」の輸入物価が高騰し、中小企業と国民生活を脅かして「消費不況」に陥っていることである。第二に大手企業が下請け中小企業の「買い叩き」をしていることだ。

 

2010年=100の指数の「輸入物価」と「卸売物価」は、23年が18412324年は189130であり、この両物価の開きが、大手の「買い叩き」を示している。したがって全企業の99%超の中小企業の経営は、「円安」と「買い叩き」が続く限り厳しく、物価上昇を上回る「賃上げ」は困難だ。それゆえ国民全体の消費も伸びず、「消費不況」が続く。

 

(表2)各物価指数(2010年=100)の推移)   *輸出入物価指数は、円ベースの指数

 

2018

2020

2021

2022

2023

2024(上期)

2024

消費者物

企業物価

輸出物価

輸入物価

105.0

104.1

108.0

113.4

105.5

104.3

100.8

117.8

105.1

107.7

103.7

119.9

108.4

118.7

125.6

195.8

110.9

123.0

130.3

183.5

112.4

126.9

142.7

186.1

113.9

129.8

138.7

188.6

 

  政府も経団連や経営者団体およびエコノミストは、物価上昇を上回る「賃上げ」を叫ぶが、このような経済状況では、それは不可能であり、それゆえ消費不況が持続している。ここから抜け出すためには、緩やかな継続的「円安脱出策」を工夫し、大手による「買い叩き」経営を厳しく監視して、これを許さないことである。さらに大手企業も内部留保や自社株買いをするカネを、率先して下請け同業者に回すべきである。

「罰ゲーム」と近代の超克

 日本企業の経営欠陥----役職の低昇給率と長時間労働

一般社員で「管理職になりたい人」の割合は、調査対象の国の平均が58.6%であるが、日本では19.8%と最低であった。これは22年の「パーソナル総合研究所」の調査の結果であり、調査対象は18か国・地域である(表1)。他方でインドは「カースト制」の影響もあり、最高の90.5%である。もっとも発展途上諸国は一般的に高く、フィリピン、インドネシア、中国、ベトナム、インドの平均は81.8%だ。

 

(表1)管理職になりたい一般社員の割合(%)     *パーソナル総合研究所の統計より作成  

アメリカ  54.5

イギリス

 55.4

ドイツ 

 45.1

フランス 

68.9

中国  

 78.8

韓国  

61.7

フィリピン

80.6

インドネシア71.5

ベトナム

 87.8

インド 

90.5

日本 

19.8

全体平均   58.6

                                                                                                                                                                         

 これに対して先進諸国はアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの平均が56.0%と低い割合であるが、それにしても50%を超えており、日本の低さが際立っている。これには幾つかの要因が考えられる。例えば管理職に昇進すれば、残業代が入らないゆえ、逆に報酬が下がる場合もあるなどだ。

 

ちなみに日本では課長や部長に就いても、これに伴う報酬アップが大きくない。課長の年間報酬は日本が約1466万円、インドが1125万円だが、部長ではそれぞれ1953万円と2007万円。このように日本の役職報酬は、昇給割合のカーブが、アメリカ、イギリス、中国、韓国などに比べて緩慢である(日本に関しては1300社以上が対象の「マーサー総報酬サーベイ24年」、1ドル143円で計算)。

 

それゆえ役職に就けば責任が重くなり、仕事の量も増えるのに、その割に実質報酬が上がらず、下がる傾向さえある。さらに「長時間労働」も加わり、精神的に異常をきたす役職社員も続出している。したがって「役職就任」は「罰ゲーム」とか「無理ゲー」などとも言われる。

                 

   日本の労働時間はどうか。表2のとおり英独仏より長く、アメリカやイタリアよりは短い。しかしこの日本の労働時間は「労働者全体の平均時間」であり、「正社員だけの労働時間」はなお2000時間に近い。なぜなら日本の被雇用者の3738%が非正社員であり、彼らの労働時間は短く、その分だけ正社員の「残業時間」が長いからである。

 

 (表2)一人当たり平均年間総労働時間(上段2015年、下段2022年)                                *労働政策研究・研修機構『データブック2024』より作成

日本

アメリカ

カナダ

イギリス

ドイツ

フランス

イタリア

1719  

1607

1785 

 1811

1712  

1686

1531  

1532

1370     1341

1519     1511

1718   1694

 

  なぜか。先進諸国の「残業代」は「通常賃金」の1.5倍ほどだが、日本は1.25倍と小さいゆえ、新規雇用をせずに正社員の残業を増やす方が、経営の上で得策である。このように見てくると、日本企業の「管理職希望者の極端な低率」は、もっぱら企業経営の問題に要因があると思われがちである。

 

 国民の意識----経済成長の限界とマイナス問題                   

果たしてそれだけが要因だろうか。多くの日本人が、30年も続いている不況の中で「成熟飽和経済」による「経済成長の限界」を意識していることにもよろう。ただし前回の自民党総裁選で「所得倍増」をスローガンとした候補者のように、全く見当はずれな人も、数少ないが存在している。

 

(表3)転職希望者の割合(%)         *パーソナル総合研究所の統計より作成

アメリカ   41.8   

イギリス  31.9

ドイツ  

30.4

フランス

 34.5

中国  

 37.3

韓国 

 28.4

フィリピン

31.1

インドネシア20.2

ベトナム

 32.0

インド 

 56.8

日本   

25.9

全体平均    33.7  

 

 しかし大多数の人々が、経済成長による「自然の破壊」および「人間関係の疎遠」や「精神疾患」をも深刻に考えていることも、「管理職希望社員の低率」に繋がっている。この点についての傍証として、日本のサラリーマンの「転職希望者」や「独立・起業したい社員の割合」が、きわめて低いことも上げられよう。

 

ちなみに「転職を希望する社員の割合」は、アメリカの41.8%、全体平均の35.2%に対して日本は25.9%と低い(表3)。また「独立・起業したい人」も、全体平均の36.2%に対して、日本は20.0%と最低である(表4)。もっともアメリカ以外の先進諸国のイギリス、ドイツ、フランスの平均も27.1%とかなり低い。経済成長主義や効率主義がもたらした弊害を、先進諸国の多くの国民が意識しているからであろう。

 

(表4)独立・起業したい一般社員の割合(%)   *パーソナル総合研究所の統計より作成

アメリカ   40.7   

イギリス  27.0

ドイツ 

 23.4

フランス 

31.0

中国  

 40.4

韓国 

  27.0

フィリピン

43.8

インドネシア52.1

ベトナム 

35.8

インド  

57.9

日本   

20.0

全体平均    36.2  

                                        

 近代文明は「物的に豊かになれば人間は幸福となる」という「経済主義」の思想に浸ってきたが、この文明は今や危機に瀕している。「工業化」の進展が「大気・水質・土壌汚染」など自然を破壊し、「温暖化」と「自然災害」「生物の絶滅と多様性の減少」を引き起こしてきた。これらの弊害は、いずれも「人類および地球の限界」に近づいている。

 

もう一つの総合的生活-----「自然の再生と心の健康」へ              

工業化をはじめとする経済主義を根本的に改革すべく、我々の意識の抜本的な変革が不可欠である。先の日本の社会人の趨勢は

こうした観点からは好ましく、さらに深い反省と変革が必要である。

 

残念ながら日本の温暖化対策は、EU諸国よりかなり遅れている。EUは「再生エネルギー」を普及させ、1990年から2014年の25年間に「温暖化ガスの排出量」を2割減少させたが、日本は同期間に10%以上増やした。けれども2018年になると、日本でも全国銀行協会が「SDGs」に対応する「行動憲章」を発表した。

 

また3メガバンクは「石炭火力の新規事業への融資停止」を発表し、複数の商社も「石炭火力発電事業」から撤退した。ところがトランプ米政権の「脱炭素に対する逆風」を恐れるあまり、日本の大手金融機関は、本年「NZBA」から脱退した。これは世界の140の金融機関が参加する「脱炭素の国際的な枠組み(21年発足ネットゼロ・バンキング・アライアンスNZBA)」である。

 

本年3月期の3メガ銀行の「純利益」が、前年比25.3%増で過去最高益であったのに、脱退した。それは極めて遺憾な事態である。欧州勢には脱退の動きはない。ところで経済主義は物的な豊かさをもたらす反面、「生活の潤いと活力」を弱め、多数の「精神疾患」を引き起こしている。

 

  たとえば日本人の40歳までの死亡原因の第1位が自殺であり、最近の高校生以下の自殺者が毎年500人を超え、過去最高を更新している。また1998年からの14年間の自殺者数は毎年3万人を超えたが、これは自殺から24時間以内に亡くなった人数であり、その後に亡くなった人も含むと、自殺者死亡総数は年間5万人超であった。

 

近年はこの人数は幾分少なくなったが、この精神疾患の傾向は日本ばかりではない。したがって先進諸国の多くの人々が、近代文明の危険性を感じ取っている。とりわけ多くの日本人は、深刻に感じているであろう。

 

これらの近代文明の弊害を克服する手段として、たとえばドイツのドルナイヒ博士は、つぎの4項目をあげた(H.Dorneich:Ordnungstheorie des Sozialstaates,1983)①思索など自分との出会い ② 自然との触れ合い  ③ 夫婦、家族、親友との交わり ④ 休暇、小グループ活動、集会などの交わり。

 

要するに仕事を離れた生活「オルターナティブ・ライフ(もう一つの生活)」さらには「ホリスティック・ライフ(総合的生活)」の重視が不可欠だということだ。また高齢化社会においては、できる限りの自立自助の生活態度が重要であるが、それには柔軟な頭脳を持ち続け、高齢期においても自活できることが基本であろう。

 

そのためにも「総合的生活」「もう一つの生活」が不可欠であるが、とりわけ「心の健康」を青年期から準備する「時間的ゆとり」が重要である。これら諸点からすれば、先の「管理職希望」などに対する日本の社会人のネガティブな態度も、評価されるべきである。

 

ちなみに「ボランティア」も「もう一つの生活」や「総合的生活」の一部であるが、日本のボランティアは、2019年時点では19.4万グループの707万人、個人のボランティアを合わせると合計880万人。201014年には年間1000万人超、202324年でも同760万人ほどと、かなりのボランティア数である(全国社会福祉協議会調査)。ここにも「近代文明超克」に期待が持てよう。

 

 



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